妖怪少女

 私は少しだけ他の子と違っていた。でも違っていると言ってもそれはほんの少し、とても些細なもので基本的には他の子と何ら変わらない。それだというのに周りの人間は人の事を妖怪やらあやかしやらと、こちらからすればいい迷惑である。確かに人間以外の血が少しだけ混ざっているが、言っちゃ悪いが妖怪なんかの類と一緒にしてもらわないでほしい。私のご先祖様は吸血種と呼ばれる少しだけ特別な力を持ったただの人間で、決して妖怪ではない。


 人と違うならば妖怪と言われればそれまでなのだが、ちょっと待ってほしい、それは人種差別と言うものだ。妖怪と言うのは根本からして生物とは違う。しかし私は根本で言うと人なのだ。ただ少しだけ人よりも運動能力が高くて、少しだけ不思議な力があって、他の生物の血を食料にできるだけのただの人なのだ。


 私がただの人間だというのはもう十分にわかってもらったと思うが、そんな普通の人間の私にも一つだけ困っていることがある。こればっかりは私が妖怪と間違われても仕方ないというか、まあそう思うよね……というか。と言うのも私の身体と言うのが普通の場所であればなんか他の人と変わらないのだが、一度霊力の高い土地に足を踏み入れると、暫くの間、ほんの少しだけ人外の特徴が強く現れてしまうのだ。今敢えて人外と言う言葉を使ったが、あくまでわかりやすくそのように言っただけであり、私がただの人間であることには、何ら変わりが無いので注意していただきたい。


 私の住む場所は少しだけ山の奥深くにあり、ほんの少しだけ危険な場所なのだが、その危険な理由と言うのが他でもない、そこが強すぎる霊力渦巻く土地であるからだ。その土地では妖怪たちがはびこり、また超常と呼ばれる現象に日常茶飯事で出くわしてしまう。私はほんの少しだけ他のものの血が混ざったただの人間なので平気なのだが、特にそういった混血でない無い人にとってこの場所はとても危険な場所になるであろう。そして先ほど少しふれたとおり、霊力の強い土地であるこの場所では、私の容姿が少しだけ変わる。具体的には牙が現れて肌は青白く、そして瞳は真っ赤に染まる。自分でこんなことは言いたくはないが、多少人間離れしている部分はある。幸い容姿は良く産んでもらったので可愛さで少しはごまかせるかもしれないが、やはり少し見た目が恐い。改めて考えてみると、確かにこれは妖怪と言われても仕方ないのかもしれない。


 しかしそこでひとつ疑問が出てくる。そこが危険な土地であるというならば、誰にも会うことが無いのではないか? 確かにそうなるはずなのだ。普通ならば。しかし人の適応力をなめてはいけない。おばあさまの話によると大昔の、多分数百年前なんかはこの土地は禁足地とされて誰も近寄らなかったらしい。しかし次第に人々も耐性が付いてきて、相変わらず危険ではあるのだが、近隣の住民はそれなりにこの場所に足を踏み入れるようになったのだ。流石に真っ暗になってから山に足を踏み入れる人間は今でもいないが、昼間に山の中を散歩していると子供たちが普通にそこら中で遊んでいて、少しビビる。


 今は八月の初め、夏休みの真っ最中だ。森の中には探検にやってきた地元の子供たちに交じって見慣れない顔、恐らくは都会からやって来たであろう子供がやって来ていた。私はそれらから隠れるように木の上を飛び回り時間を潰していた。何を隠そう私も本来、田舎町に住む、高校一年目のただの子供である。遊びに来ている子供たちの中には町の中で何度も顔を合わせたり、中には普通に知り合いだっている。今の私は少し見た目が変わってしまっているが、気付く人間は気付いてしまうだろう。そうなると少し面倒だ。手の込んだただのコスプレと思ってくれればよいが、それは少し難しいだろう。私も経験があるが、魔を纏う者には、それにふさわしいオーラというものがその身からにじみ出る。いくら知り合いでも、私を見れば本能的に恐怖、畏れを感じてしまうだろう。正直それは少しだけ悲しいことだ。だから私は森の中にいるときはじっと黙って、見えないところから彼らを眺めているのだ。


 陽が落ちて辺りも大分暗くなってきた。子供たちは家に帰り、当たりには静寂が広がっている。真っ暗な闇。私の目は闇の中ですら鮮明に映し出してしまうけど、私以外の人にとって闇は恐怖なのだ。だからこんな時間に人に出くわすというのは、ありえないことであり、それは私にとっての恐怖の対象となる。


「暗闇を見通す赤い瞳に色白の肌、犬歯が見える。……吸血種?」

 私が登っている木から少し離れた別の木の上から少女が私に話しかけた。空のような水色の瞳、その私と違いその少女はおそらく混血などではない、ただの人間だろう。でも少女は私よりも少しだけ禍々しい。私はほんの少し、恐怖と畏れを感じていた。


「えーと、私はわるい吸血種じゃないよ……?」

 両手をあげて、とりあえずこちらには規定がないことをアピールしておく。


「その見た目で言っても説得力無いんじゃないの?」

 少女は木の上で足をぶらぶらとさせて、こちらに微笑みかけて言った。


「え、私そんなに凶悪そうな見た目ですか……? 自分ではそこまででもないと思ってたんですけど……」


「んー、面は良いんじゃない? でも少しだけ、不幸を運んできそうな見た目してる」

 少女は不安定な木の上で立ち上がる。私はその言葉に少しだけショックを受けたが、そういうのはすでに慣れっこだ。今日出会ったばかりの何も知らない少女に何を言われようがそこまで致命的にダメージではない。それよりも何よりも、今の私の最優先事項は、この場から去ることだ。この少女は私にとって、少しだけ危険な人物だ。このまま逃げてしまうのが得策だろう。暗闇を見ることができる目、普通よりも高い身体能力、これがあれば、夜の暗闇の中で彼女を振り払うことは容易い。木と木の間を自由に飛び回れる人間はそうそういないだろう。私は少女の言葉に返事は返さず、そのまま全力でその場を離れた。


 息も絶え絶えにかなりの距離を移動した。私は地面に降りて、木にもたれかかってその場に座り込んだ。息を深く吸い込み呼吸を整える。その時であった。私の目の前に何かが落ちてきた。


「ふう、やっと追いついた。流石にスピードは全く敵わなかったけど、体力は私の方があるみたいだね」

 落ちてきたのは先ほどの少女だった。なんと普通に追いつかれてしまった。全力で駆け抜けたせいで半分虫の息の私に比べて、少女は息一つ切らせていない。そもそも吸血種である私よりも禍々しいオーラを放っている時点で色々とおかしい、もしかして私よりも彼女の方がやばい存在なのでは?


「……かなりただものじゃなさそうなんですが、あなた一体何なんですか?」

 正直な疑問を投げかけてみる。


「一応学生かな。兼業で怪異殺しとかしてるけど」

 良い笑顔で随分と物騒な言葉を吐く。私も詳しくは知らないが、怪異殺しとは要するに妖怪などの人外をぶっ殺す職業だとおばあさまから聞いたことがある。なるほど……。先ほどから何度もアピールしている通り、私は紛れもなく、少しだけ変わったただの人間なのだが、怪異殺しの中でどの程度までが怪異判定されるのかがわからない。判定次第だが、もしかすると今の私はものすごくやばい状況なのかもしれない。


「もしかして私、ここで殺されちゃいます……?」

 私は恐る恐る少女に尋ねる。


「いいや、人殺しはまずいでしょう」

 少女は何を言ってるんだ? と言った顔でこちらを見ている。


「あ、ちゃんと人扱いしてくれるんですね、良かった」

 私はそっと肩を撫でおろして警戒を解く。


「まあ悪い吸血種ならお仕置きくらいはするかもだけど、お姉さんは違うでしょ?」


「まあ、良い吸血鬼ですし? その点は大丈夫です。でもなんでこんな田舎に?」

 それが少し気にかかった。怪異殺しと名乗るような人間が霊力の強い場所を訪れるならば、何か目的があると思うのが普通だろう。


「特に深い理由は無いけど? たまたま近くに用事があったんだけど、なんかここに吸血種がいるって聞いたから、暇つぶしになるかなって」


「へえ……。え、こわ。これもしも私が悪い吸血鬼だったら、暇つぶしでぶっ殺される可能性あったって事ですか?」


「……まあ、そうなるか。でも一日見てたけど、全くそんな気配無かったからさ、最初の予定には無かったんだけど、話しかけちゃった」


「一日……? もしかして日が暮れるまで、ずっと観察されてたってことですか!?」


「まさかここまで気付かれないとは思わなかったけどね。警戒心ゼロすぎて、本当にただの無害な吸血種なんだなってのは十分わかったけど」


「なにそれ、超恥ずかしいんですが……」


「でも昼間の間、ずっと子供たち見てたよね。その姿じゃ見つかるわけにはいかないだろうに、仲間にでも入りたかった?」


「別にそんなんじゃないですよ。私、今はこんな姿ですが、霊力の低い場所にいる分には普通の高校生の姿ですし、学校に友達だっていますし。ただほら、ここって霊力が高いせいでちょっとだけ危ないから、少し気になっただけです」


「そっか。ねえ、また明日も来て良いかな?」


「いいですけど、ここに来たのって本当にたまたまなんですよね? 正直危ないだけでそんなに面白いものはないと思いますよ? まあ、妖怪やあやかしの類はいくらでもいるので、怪異殺しのあなたは退屈しないかもしれないですが……」


「へえ、そうなんだ」

 少女はまるで興味が無いように、素っ気なく言った。『変な人』と私は心の中で思った。

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