48話 仕切り直し
この日の夜は、結婚二日目である。
昨日と同じようにステーシィがローズマリーの身を清めてくれた。
「あの後、レオ様とはどうなったの?」
気になって聞くと、ステーシィは少女のように頬を染め始める。
「わたくしの気持ちが嬉しいと……ありがとうとおっしゃってくださいました」
「それだけ?」
「あとは……秘密ですわ」
むむっとローズマリーは口を曲げた。
どうなったのかめちゃくちゃ気になるが、聞くと嫉妬してしまいそうだ。
嬉しそうに顔を綻ばせているので、なんとなくは予想できたが。
何にせよ、まだ人に言える段階ではないのだろう。
「それよりローズマリー様、本日はどのネグリジェにいたしますか?」
「自分で決めて、自分で着替えるわ。ありがとう、もう行っていいわよ」
「かしこまりました。それでは失礼いたします」
ステーシィが出ていくと鍵を掛け、一枚のネグリジェを手に取った。
年齢の低い少女が着るようなもので、官能的とはほど遠い。
けれど昨日のように恥ずかしくてガウンを羽織ってしまうくらいなら、これ一枚の方が余程艶やかに見えるはずだ。
「もういるかしら……」
ノックは不要と言われているので、そっと扉を開けてみる。
するとちょうど向こう側の扉が開いて、お互いに視線を交わした。
ベッドは綺麗に整えられていて、部屋もいくつかの燭台が灯されてある。
「えっと……ディルも今来たのね」
「ああ……ローズ、その格好……」
「変? 子どもっぽかったかしら」
「いや、可愛い」
直球で褒められ、ローズマリーの方が照れてしまう。
「そ、そう? ありがと……」
「話はここでするのか?」
「ええ、とりあえず座りましょ。ベッドしかないけど……」
ローズマリーが先に座ると、人一人分を空けて隣に座ってくれた。
柔らかなベッドが沈み込み、より深く沈んだディリウスの方へと体が傾く。すかさずディリウスが受け止めてくれて、その胸板に顔を押し付けてしまった。
「ご、ごめんなさい……っ!」
「ん」
手を離されると、すぐ隣に座り直す。肩と肩が当たり、ディリウスのガウンから溢れ出る魅力で失神してしまいそうだ。
「えーとその……細く見えて、結構鍛えてるわよね、ディルって……」
「当たり前だろ。レオに負けたくなかったからな」
「……どうして?」
「レオを越えれば、ローズは俺を見てくれるかと思ったんだ」
自嘲するように放たれた言葉に、胸がきゅうっと締め付けられるのを感じた。
(私の事、本当に好きだったんだわ……!)
喜びで震えそうで、心の中が温かいもので満たされる。
今すぐぎゅうっと彼を抱きしめてしまいたい。
「ディル、私……っ」
「きっちり話をつけるんだろ? 覚悟はできてる」
「そ、そうよね。もうわかっちゃってると思うけど──!?」
好きだと告げようとしたその瞬間、ローズマリーはベッドへと押し倒された。
視界はディリウスで埋まってしまっている。
「悪い、嘘だ……覚悟なんか全然できてない……っ!!」
「ディル!?」
「レオは……ステーシィとの結婚を前向きに考えてる。昔からあの二人は仲が良かったんだ……!」
「……そう」
レオナードにそんな人がいただなんて、知りもしなかった。
(私は一体、レオ様の何を見ていたのかしら……)
大好きだったはずなのに、自分の事ばかりでレオナードが誰を気にしていたかなど、考えもしなかった。
「レオは光輝の英雄としていなかった存在だからと、父上を説き伏せるつもりでいる……父上はレオに甘いから……おそらく通る」
上手く言葉を出せず、ローズマリーはこくんと頷いた。
長年好きだった人が結婚するというのは少し複雑な気分だけれど、それが二人のためだろう。
「俺がレオを忘れさせてやるから」
ちゅ、と音が鳴ったと思うと、目元にキスされていた。
心臓が皮膚を破りそうなほどバクンバクン音を立てている。
「今は無理でもいい。けどいつか、俺を好きになってくれ」
「ディル……私……っ」
「愛してる。ずっと昔から」
優しい空色の瞳に、吸い込まれてしまいそうになる。
そんなに昔から愛されていたのかと思うと、涙が溢れそうになった。
「今まで気づかなくてごめんね、ディル……」
「手を出すつもりはなかったけど、こんな状況で我慢できそうにない。嫌なら思いっきり俺を殴れ」
ここまできて、なおも気遣おうとしているディリウスに、ローズマリーは微笑んで見せた。
「嫌じゃない。嬉しい……」
「……ローズ?」
「私ね、いつの間にかレオ様よりもディルの事が好きになっていたの」
そう伝えた瞬間、ディリウスの息が止まったのを感じた。目は大きく開かれたまま、ローズマリーを見つめている。
「……は?」
「だからね。私、ディルが好きなの」
「は!? いつから」
「えーっと……確信したのは、ディルが光輝の英雄になっちゃった時だったかしら」
「…………なんだ…………ははっ」
珍しく、ディリウスが破顔した。だというのに、何故か泣きそうな瞳にもなっていて。
「ディルの好きな人が私だと思ってなかったから、言えなかったのよ」
「めちゃくちゃ勘違いしてたもんな」
「だって」
「いや、いい。俺の事が好きだって事実だけで」
ディリウスの手が、ローズマリーの色素の薄い金髪を撫でた。
嬉しそうに目を細める幼馴染みに、ずっとドキドキさせられっぱなしで。
「キス、していいか」
「うん……」
「その先も、いいか」
ローズマリーが頷くと、ディリウスは包むように優しく、優しくキスをしてくれる。
二人の夜は、ゆっくりと更けていった。
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