47話 好きな人
ローズマリー達の話を聞いていたであろうディリウスの表情は、変わっていなかった。中庭へと足を踏み入れてやってくると、悟っていたように口を開く。
「そうだな。ローズは、レオと結婚すべきだった」
ディリウスの言葉に、ローズマリーは唇を噛んだ。
反論などできるわけもない。しかし、それが正解であるとも思えない。
「何言ってる、ディル。ローズはお前を選んだんだぞ」
「ローズが俺を選ぶように仕向けたのは、レオだろ」
断定されたレオナードは、言葉を詰まらせている。確かにあの時、レオナードを選ぼうとしたローズマリーを止めたのは、事実だ。
「……そうだが、実際ローズはお前を」
「レオ様、いいの!!」
もうこれ以上惨めになりたくない。
ローズマリーはレオナードの言葉を遮って、泣きそうになりながら微笑んで見せた。
「陛下に誰を選んでも良いって言われて、良い気になっちゃってたんだわ……二人の気持ちも知らずに、私は……」
「二人?」
何故か小首を傾げているディリウスに、ローズマリーは頷く。
「相思相愛だって知ってたら、私だって邪魔するつもりはなかったわよ……!」
「誰と誰が相思相愛なんだよ」
「それはもちろんディルと……ほら、いるでしょ!」
「……ローズ?」
「どうして私なのよ、ステーシィよステーシィ!」
「え? わたくし!?」
ステーシィは隣で目を
そんな彼女を見たディリウスの眉が、何故か中央に寄せられる。
「ローズ、ステーシィが俺の事を好きだって言ったのか?」
「ええ、言ったわ! 身分が違うのに懸想してしまったって」
ローズマリーが答えると、ステーシィが慌てたように口を開いた。
「ローズマリー様、それは……」
「もう隠さなくていいわ、ステーシィ」
「そういうわけには」
「私はディルとは白い結婚だから安心して」
「白……っ!?」
「あなたとディル、愛し合う二人が愛を育むべきなのよ」
「あの!!」
いきなり大声を上げたステーシィに、皆が注目する。
彼女は両手をギュッと握ったかと思うと、顔を真っ赤にさせて叫んだ。
「私がお慕いしているのは、レオナード様でございますっ!!」
「え?」
「……俺?」
レオナードが大きく目を広げて自分を指差した瞬間。
ステーシィの顔はどっかんと爆発するかのように顔が紅潮する。
全員が意表を突かれてしまい、ぽかんと彼女を見つめた。
ステーシィは泣きそうな顔になり、頭を大きく下げる。
「分不相応な者が、王弟殿下に懸想など…… 申し訳ございませんー!」
「ス、ステーシィ!?」
ローズマリーが呼び止める間もなく、ステーシィは走り去ってしまった。
(待ってどういう事!? ステーシィとディルは相思相愛だったんじゃないの!?)
「ローズ、ディル! 二人でちゃんと話し合え! 俺は……っ!」
最後まで言わず、レオナードはステーシィの後を追いかけて行ってしまった。
残されたのは、ローズマリーとディリウス、それにヴァンだ。
「……追わなくて良いの? ディル」
「誰を?」
「ステーシィをよ! 好きなんでしょ!!」
そう確認を取ると、はぁっと大きな息を吐かれてしまった。
「イザベラの時といい、どうしてそう盛大な勘違いをしてくれるんだ……」
ディリウスの盛大な勘違いという言葉に、当時の事を思い出す。
(そういえば私、ディルがイザベラを好きだって勘違いしてて……え!? 今回も勘違いしてたって事!?)
「ローズの方こそ追わなくて良いのか」
プチパニックを起こしていると、ディリウスが何故か憂いの瞳でそんな事を問いかけてくる。
「追う? 誰を?」
「レオに決まってるだろ。本当はレオとローズが結ばれるべきだったんだ。愛し合う者同士」
「……レオ様と、私が?」
首を傾げながら問いかけると、ディリウスは強く首肯している。
「レオは、俺の気持ちを知ってたんだ。だから俺と結婚するように無理やり仕向けていた」
「ディルの、気持ち……?」
逆側に首を傾げると、今度はディリウスの耳が少し赤くなっているのがわかった。
そしてハッと気づく。
(レオ様はディルに、無理やりにでも
つまりそれは、ディリウスの恋愛の対象は男だったということになる。
(ずっと思い続けても告白できなかった理由は、これだったんだわ!)
ローズマリーは探偵が名推理を遂げた時のように、ビシッと人差し指を立てた。
「私、わかっちゃったわ! ディルは、レオ様が好きだったのね!?」
「違う!! どこまで勘違い続けるんだよ! 俺が好きなのは、ローズだ!!」
ディリウスから信じられない言葉が飛び出してきて、ビシッと人差し指を突きつけられる。
「……え?」
「俺が好きなのは、ローズだ」
二回言った。
ディリウスの人差し指が、ちょんっとローズマリーの鼻に触れる。
けれど二回言われても頭が追いついていかない。
「ステーシィは……」
「だからそれはローズの勘違いだ」
「レオ様じゃ……」
「もっと勘違いだ!」
「えええええええ!! うそぉ!?」
「それはこっちの台詞だ……」
どうやらディルとステーシィが相思相愛だというのは、盛大な勘違いだったようである。
(じゃあ、ディルが好きなのは……本当に、私……!?)
途端に顔が熱くなった。
ディリウスの真剣な顔は、嘘をついてないとわかる。わかるのだが。
「私を愛さないって、言ったじゃない……!」
「ああ。これからも手は出さない。約束する」
「ちょ、どうして手を出さないのよぉおお!!」
ローズマリーはディリウスの胸元を引っ掴んで、ガクガク揺らした。
好きなくせに愛さないなど、意味がわからない。
「いいから、レオを追いかけろって。邪魔をするつもりはない。俺の望みは、ローズの望みを叶える事だからな」
「ディル、あなたまさか、私がレオ様の事を好きだと思っているの!?」
「は? そりゃ……ずっと好きだったじゃないか」
「そうだけど!!」
どうやらディリウスには気持ちが届いていなかったらしい。
結婚相手にディリウスを選んだ時点で、自分の気持ちはバレバレだと思っていたというのに。
(なんてこと! 全く気付かれていなかっただなんて!!)
「ローズ?」
そっと腕に手を置かれると、胸がトクンと音を立てる。
触れられるだけで気持ちが溢れるようになるなど、思ってもいなかった。
(ちゃんと、伝えなきゃ……っ)
改めてそう思うと、心臓がやたらと膨張と収縮を繰り返し始める。
ディリウスに怪訝な顔を向けられて、余計に緊張してしまった。
「し、仕方ないわね!」
「何がだ」
「今晩、覚悟しておきなさいよっ!」
「だから何を」
「きっちり話をつけてあげるわっ」
「……そうか」
何か変な事を言ってしまった気もするが。
頭の中が恥ずかしさで焼けこげそうになっていたローズは、そのまま逃げるように中庭から出たのだった。
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