44話 決意

 ずっと後ろで控えていた侍女のステーシィが、ローズマリー専用の部屋へと案内してくれる。

 そこでようやくドレスを脱がされ、お風呂へ連れられると体を磨かれてしまった。

 同性とはいえ裸を見られるのは死ぬほど恥ずかしい。おかげで体からはとてもいい香りが上がっていたが。

 風呂上がりのスキンケアも完璧にしてもらい、お肌はぷりっぷりのつるっつるだ。ステーシィの気合いがすごい。


「次はお召し物ですわ。ローズマリー様はどういったものがお好みでございましょう」


 とりあえずガウンを羽織らされたローズマリーに、ステーシィはにっこりと微笑んだ。

 そこには、並べられたたくさんのネグリジェ。それはもう、際どいものから清楚系まで、盛りだくさん。

 ステーシィの気合いが……すごい。


「……えーと、じゃあこれにしようかしら」

「これでございますか? 差し出がましく大変恐縮でございますが、もう少しお肌を露出させるものの方が、ディリウス様もお喜びになるかと思いますわ」

「じゃあ……こっち?」

「できるなら、もう少しですわね」

「んー……これかしら」

「もう一声!」

「こ、これ?」

「素晴らしいチョイスですわ!! さすが王子妃殿下! さぁ、お召し替えいたしましょう!!」


 なんだかとてもステーシィに乗せられてしまった気がする。

 ガウンを脱ぐと、薄いシルクで作られたネグリジェを着せられた。

 肌にしっとりと馴染み、動くたびに柔らかな光沢を放っている。レースの縁取りが胸元や袖口を優雅に飾っていて、見るだけで高揚してきた。

 少し開いた胸元が心もとないが、それ以上に心もとなかったのが……


「これ、背中がガラ空きじゃないの!」


 大胆に切り込まれた背中は、腰のあたり……いや、その下にある割れ目まで見えてしまうのではないかというデザインだった。


(前から見ただけじゃわからなかったわ……! 騙された……!!)


 恐るべし、ステーシィである。

 ステーシィはそんなローズマリーの心を知ってか知らずか、今までで一番の笑顔を見せた。


「とてもお似合いでございますわ、ローズマリー様!」

「ちょっと、さすがにこれは……っ」

「お互いに初心者でございますもの。お召し物は手間取らない方がよろしゅうございます」


 初心者と言われ、恥ずかしいことではないというのに顔が熱くなる。ステーシィはそういう事も含めて、色々と考えてくれていたらしい。


「ディルも、その……初めてなのかしら」

「そう思いますわ。ずーっと一筋でございましたもの」


 うふふとステーシィは嬉しそうに笑っている。


(そっか……ディルはずっとその人一筋だったのね……)


 胸がちりちりと痛むが、ディリウスだってもうここまできたら覚悟しているはずだと、闘志を燃やす。


(その人のことは……私が忘れさせてあげるわ!!)


 背中が大きく開かれたネグリジェを戦闘服に、ローズマリーは決意を固めた。

 結婚して夫婦になったのは、ディリウスがずっと思い続けたその女ではなく、自分なのだと。

 自信のなさと罪悪感で満たされたままディリウスと接していては、いつまで経っても本当の夫婦にはなれないだろう。


「私……頑張るわ……!」

「まぁ! うふふ。でも気負いすぎないようにしてくださいましね。お二人はこれから、少しずつ進んでいけばよろしいのですから」


 そう言う割には、ステーシィはいやに気合いが入っていた気がするが。侍女心は複雑なようである。


「ありがとう、ステーシィ」

「では、わたくしはこれにて失礼致します。お二人の寝室へは、こちらの扉からどうぞ」


ローズマリー達が入ってきた扉から向かって右側壁に、もう一つ扉がある。その向こう側が、寝室になっているようだ。


「わたくしが出ましたら、どうぞ王子殿下の元へおいでくださいませ」

「わかったわ」

「それではローズマリー様、良き夜を」


 ステーシィは綺麗なお辞儀を見せると、廊下へと続く方の扉を開けて出ていった。

 ローズマリーは誰にも入ってこられないように、そっと扉の鍵を掛けてから、短い息を吐き出す。


 胸がドキドキして、破裂してしまいそうだ。

 化粧は何もされなかったが、大丈夫だろうかと巾着袋レティキュールから鏡を取り出す。覗いてみると、ディリウスが隣の部屋でベッドに座っている姿が映し出された。


「もうっ、本当にこの鏡は……っ」


 結局自分の顔を見ずに、元に戻す。

 今見てしまった鏡の中のディリウスはガウンを羽織っていて、ローズマリーは自分の姿を確かめた。


(いきなり背中がガラ空きのネグリジェで登場するってどうなの!?)


 羞恥に負けてしまい、ローズマリーもガウンを羽織った。


「はぁ、緊張する……でも……」


 心が高揚している。

 きっと今夜、心も体も通じ合うはずだと。

 それを考えると嬉しくて、ローズマリーはもうひとつの扉へと移動する。

 意を決して扉を叩くと、少しして目の前の扉が開かれた。


「ディル……」

「ノックはいい。これからは、ここが俺とローズの寝室だからな。自分の部屋にノックはしないだろ?」

「そ、そうね」


 普段見ることのない、ディリウスのガウン姿。お風呂上がりの様子に、勝手に顔が火照ってしまう。

 中に入ると、大きなベッドが真ん中に置いてあった。それ以外に邪魔なものは置いておらず、まさに営みのための部屋だということがわかる。

 ローズマリーが入ってきた逆側にも扉があり、そこがディリウスの新しい部屋であろうことが察せられた。


(いよいよ、だわ……っ)


 緊張で手が震えてしまう。

 扉を閉めると、ベッドに向かったディリウスの後ろについていく。


「ローズの部屋にベッドはあったか?」


 ディリウスは振り向かずに問い、ローズはその背中を見ながら答えた。


「いえ、なかったわ。ディルの方も?」

「ああ。ベッドはここしかないみたいだな」


 どうしてそんなことを気にするのかとローズマリーは首を傾げる。

 夫婦にベッドはいくつもいらないと、わかっているはずなのに。


「どうする、ローズ」

「どど、どうするって?」


 胸がドキンと鳴り、胸元のガウンをぎゅっと握った。

 ローズマリーの希望を聞いているのだろうか。部屋はいくつも明かりが灯されているので、手元のカンテラ以外は消してほしい。

 でもあまり暗くすると、せっかくのネグリジェを見てもらえないかもしれない。


(べ、別に見てほしいわけじゃないけど! 恥ずかしいから暗くても全然構わないんだけど!)


 わたわたと心で弁解をしていると、ディリウスがほんの少し眉尻を下げる。


「ゆっくり一人で寝たいんじゃないか? 今日は疲れただろ」

「た、確かに疲れたけど、大丈夫よ! 覚悟もしてあるし!」


 思わず覚悟という言葉を使ってしまい、かぁっと顔が熱くなった。


(やだ! する気満々って思われちゃったかも!)


 羞恥にまみれていると、ディリウスはローズマリーの背中を優しく押してくれた。


「とりあえず、ローズマリーはベッドに寝てくれ」

「う、うん……」


 震える手で布団を捲り、こそこそと中に入る。


「あの、ディル……明るすぎるから……」

「わかってる、今消すよ」


 そう言ってディリウスは、壁の燭台を全て消してくれた。残ったのはナイトテーブルに置いてある、優しいカンテラの光だけだった。

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