35話 復讐

 ローズマリーはパラドナを睨むも、彼女に興味はなさそうだった。

 しかしどうにか説得しなければ、ディリウスもレオナードも戻らない。

 それどころか、アナエルに寿命を奪われて砕け散ってしまう。


聖女パラドナ様は、かつて姉である魔女アナエルが殺された時、魔女がいなければいなければ自分も無価値だと思い、その身をエメラルドと化している。それほどまでに、アナエルを思慕しているということ……)


 そこに交渉の鍵があると気付いて、ローズマリーは足を一歩前に踏み出した。


「パラドナ様は、このままアナエルを好きにさせるおつもりですか」

「そうよ。姉様にはそうする権利があるんですもの」


 何もしていない現代の人々への復讐。それを容認するつもりかと詰め寄りたかったが、ぐっとこらえる。

 代わりに嘲笑するように口の端をあげて、ローズマリーは背の低いパラドナを見下ろした。


「そうですか。パラドナ様は、お姉様の幸せを望んでいないのですね」

「なんですって……」


 アナエルのことが大好きなパラドナにこういう言い方をすれば、乗ってくるはずだ。

 急に冷ややかな目をされて心臓が縮む思いをしたが、ローズマリーはおくびにも出さず、嘲笑の演技を続ける。


「だって、このままでは前世の繰り返しとなるではないですか。人に恐れられ、疎まれ、嫌われる人生。そんな魔女が最終的にどうなるか、パラドナ様はご存知ですよね?」

「……っ!!」


 パラドナの顔色が変わった。

 確かに、アナエルの気持ちはわからないではない。そんな状況にあれば、復讐という選択をしてしまうかもしれない。


「今のままでは、アナエルは未来永劫、同じことを繰り返すわ。それを止められるのは、今だと思いませんか!?」

「どうやったら姉様を止められるんですの……やめろと言って、復讐が止まるとでも!?」

「あなたなら、物理的に止められるはずです! パラドナ様!」


 空気を震わせるほどの大声を張り上げた後、ピンと張り詰めた静寂が訪れた。

 じっと瞳を見つめられ、逸らさず見つめ返すことで可能だと主張する。


「……私に、姉様の魔法を全て無力化できるほどの力はありませんの。つまり、復讐は止められないってこと」

「無力化は不可能でも、継承ならば可能では?」


 ローズマリーの言葉に、パラドナはハッと目を剥いた。

 開かずの扉の向こうにあった魔法の書を網羅したローズマリーは、ある魔法を思い出したのだ。

 それが、魔法を継承させる魔法をである。

 魔法には向き不向きもあり、人によっては覚えられないものもある。そんな人のために作られた魔法だ。

 Aが覚えた魔法を、Bへと、Cが移行させる。Bは労せず魔法を覚えられるというわけだ。Aは魔法を使えなくなってしまうが。

 元は親から子へと、希少な魔法を継承させるために作られたもののようであった。


「できませんか?」

「できるけれど、あの強大な力を一体誰に継承するつもりですの」

「もちろん、私に移してくだされば」

「……あなた、その意味をわかって言っているんですの?」


 美少女が眉間に皺を寄せる。

 強大な力を得るということは、人々にちやほやされる……という話でない。

 確かに最初はちやほやされるかもしれないが、最終的に渦巻くのは嫉妬であり、恐れであり、世間からの排斥である。

 ローズマリーがほんの少しの魔法を身につけただけで、イザベラはあれほどの妬心に狂ったのだ。

 魔法が全盛期の時代ならまだしも、今は魔法の失われた時代である。

 使い方を誤れば、前世のアナエルと同じ道を辿るだろう。


「パラドナ様がアナエルの幸せを望んでいるのであれば、私のことはお気になさらず。どうか私に、アナエルの力を移行してください」

「けれど……姉様は本当に魔法が好きで……それを奪うなんて……」


 神が魔法を使えなくした際にはマジギレしたという話だし、魔法を当たり前のように使っていた者には苦渋の決断なのだろう。


「お願いします、パラドナ様! アナエルの幸せを望むなら、そうするのが一番──」

「私の幸せを、勝手に決めないでほしいわね!!」


 ローズマリーの言葉は、聞き覚えのある声に塞がれた。

 鍵をかけたはずの教会の扉が、一瞬光ったかと思うと開け放たれた。

 そこから入ってきたのは、藍色の髪に金色の瞳の魔女。


「アナエル……!!」

「姉様!!」


 復讐に燃えた恐ろしい形相のアナエルに睨まれる。王城で会った時とは人が違っていた。

 一瞬肝が冷えたが、考えようによっては好機だと声をさらに上げる。


「パラドナ様、お願いです!! アナエルの力を私に!!」

「ふざけるな! 私のこの力は、人間どもへの復讐に必要なものだ!」


 怒りに染まった表情と声が教会に響き渡った。

 アナエルの手がローズマリーへと向けられる。

 ハッと気づいた瞬間には、足元がパキンと音を立てた。

 ヴァンがみーみー泣くように声を出す。


「……っ!! やめて、アナエル!!」

「お前は私の統べる世界には不要な人物。エメラルド化したら、即座に寿命を奪い取ってやる。永遠を生きる私の礎となるんだ。幸せだろう?」


 襲いくる恐怖。

 足元がどんどんエメラルド化している。


「さようなら、偽聖女ローズマリー。転生すらもできない地獄を味わっておいで」


 アナエルは、復讐の第一歩だと言わんばかりに、薄く笑っていた。

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