34話 神と姉妹

 エメラルド化が完全に解除されたその人は、目に眩しいオレンジ色の長い髪をふわりと靡かせた。

 再び光輝の英雄となったレオナードを横目に、彼女はローズマリーへと向かって歩いてくる。


(彼女が、女神……!)


 神から二百年の寿命を与えられた、元聖女。百年以上生きたのちにエメラルド化したのだから、ローズマリーよりはかなり年上のはずである。

 しかし彼女は、美女というより美少女に近い、可愛らしい姿をしていた。

 真っ白な法衣は、その昔聖女だったことを連想させるには十分だった。


「何用かと、聞いていますの。まぁ、大体は視ていたので知っているのだけれど」


 女神の言葉にハッとして、ローズマリーは深く頭を下げる。


「女神様、私はローズマリー・スカライザと申します。僭越ですが女神様に叶えてほしい願いがあり、エメラルド化を解除させていただきました」

「パラドナ」

「え?」


 聞いたことのない言葉を言われて思わず聞き返すと、彼女は憂いの瞳でもう一度言った。


「パラドナよ。私の名前。女神なんかじゃありませんの。聖女ではあったけれどね」

「パラドナ様………」


 女神の……いや、聖女の名前を知ったローズマリーは、もう一度頭を下げる。


「パラドナ様、お願いです! ここにいる光輝の英雄たちを、元の姿に戻してほしいんです!」

「いやですの」

「……いや……って」


 ぷくっと頬を膨らまし、視線を逸らすパラドナ。

 その子どものような仕草に面食らい、翻弄されそうになりながらもローズマリーは懇願した。


「エメラルド化ができるなら、解除だってできるはず! お願いします!」

「どうしてそんなことをしなければなりませんの? 人間なんかのために」

「人間……なんか?」


 パラドナの言い草に、思わず眉を寄せてしまう。

 彼女も神に聖女に選ばれるまでは、普通の人間だったはずだ。ここまで人を見下す理由がわからない。

 眉を顰めていると、パラドナは呆れたように言い放った。


「あなた、歴史を知ったのではないの?」

「パラドナ様が人を嫌う理由までは存じておりません」

「っそ。じゃ、教えてあげますの。私達が、人を……そして神を嫌う理由を」

「……私達……?」


 複数形で語るパラドナ。ローズマリーは不思議に思いながらも、その声に耳を傾けた。


「今より千百五十年以上の昔、人々は普通に魔法を使っていましたの。けれど人間って愚かで、ろくでもないことばかりに魔法を使い始めた。それで神様がキレちゃって、魔法を封印しましたの」


 口を尖らせながら、パラドナは続ける。


「私と姉様は当時、八歳と十歳。天才魔法姉妹と呼ばれていた私達までも、いきなり魔法を使えなくさせられましたの。マジギレするかと思いました」

「マジギレ」


 思わず復唱すると、パラドナは大真面目な顔でこくんと頷いている。


「けれどマジギレしたのは私達だけではなかった。便利な魔法が無くなってしまった人々は、神を恨んだんですの。信仰が薄くなるたび、神は力を失っていく。魔法を封印して十年、神はようやく自身の危機に気付いて、私達天才姉妹に力を与えましたの」

「姉妹に力を……」

「そう。神は私達にだけ、魔法の知識を思い出させた。妹の私には聖女の役目を、姉のアナエルには魔女の役目を押し付けて」


 神が聖女と魔女に力を与えたのかと思っていたが、元々素質のある者を選んでいたのだ。

 強大な力を授けるより、元々力のある者の方が、信仰心に左右されることなく力を安定的に使えるからだろう。

 それにしても、聖女と魔女が姉妹だとは思い浮かばなかった。それならば、聖女が人を恨む理由も見えてくる。


「あら。魔女の名前を聞いても、驚きませんのね」

「……見当はついていましたから」


 やはりアナエルは聖女ではなく、魔女の方だったのだ。

 神に魔女の役目を申しつけられ、言われた通りに力を行使し、人々に嫌われてしまった神の使徒。

 魔女狩りに遭い、復讐を誓って死んだ、哀れな女性。


「姉様は、二度と生まれ変わらぬようにと、人々の念によって魂を封印されてしまった。そして千年の月日が経ち、ようやくその呪縛から抜け出して転生することができましたの。これでようやく、人々への復讐が叶う」

「それではアナエルは、復讐のために王家に入るつもりだったと?」


 ディリウスや、王族のみんなをそんな理由で利用しようとしていたのなら許せない。ローズマリーは強く拳を握りしめた。

 しかしパラドナはローズマリーの意に反し、首をゆっくりと左右に振っている。


「いえ。どちらかというと、自分の身を守るためだと思いますの。単に力を使うだけでは、また魔女狩りに遭ってしまうでしょう?」


 そう言われると、確かに合点がいった。

 魔法を使えると言っても、一人のただの女性だ。数の力には敵わない。

 自分の身を守れる絶対的な地位を手に入れてから、魔法を使い、人々に復讐するつもりだったのだろうと。


「復讐なんて……馬鹿げているわ。アナエルを殺した相手は、もうこの世にいないのに!」

「あなたに姉様の気持ちがわかりますの? 私は積極的に復讐に加担するつもりはないけれど、姉様を止めるつもりはないし、人々を救う気もありませんの。だから光輝の英雄と呼ばれるこの人たちも、元になんて戻してあげない」

「そんな……っ!」


 ローズマリーのためにエメラルド化したディリウスと、ローズマリーを信じてエメラルド化したレオナード。

 この二人を必ず元に戻さなくては、なんのためにこの十年を過ごしたのかわからなくなる。


(私は、絶対にディルとレオ様を元に戻す!!)


 ローズマリーは心を奮い立たせ、キッとパラドナを睨んだ。

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