33話 決断

 何体もの光輝の英雄が立ち並ぶ教会。

 けれど、全員が元の形を保っているわけではない。

 木箱に入れられている砕けた英雄たちに視線を送ると、レオナードは首肯した。


「俺も、近いうちにこう・・なる運命だ」


 レオナードが砕け散る。いや、人に戻っているのだから、普通に寿命が尽きるだけなのだろうか。

 どちらにしろ、ローズマリーには許容できない話だ。勝手に体が震えてしまう。


「どうしてわかるの……?」

「さっきのローズの話では、俺たちを光輝の英雄にしたのはアナエルだったな」

「ええ。二十年ほど前からのエメラルド化は、彼女の仕業よ」

「アナエルは、わずかに俺たちの意識を残したんだ。寿命を奪えるようにな」

「……寿命を?」


 思わず眉を寄せてしまう。

 寿命を奪われるということは、その分の寿命が減るということに他ならない。


「寿命を取られている間は、細い糸のようなもので繋がっているからわかる。全て奪い取られた時は、砕け散る運命なんだと」

「まさか、レオ様も………!」

「ちょうど俺の番だったんだ。俺の命はあと一ヶ月も持たんだろう」

「……そんな……そんな!!」


 ようやく救い出したはずのレオナードの命の灯火は、あとわずか。

 残酷過ぎる事実に、ローズマリーの心は怒りと悲しみの衝撃が駆け抜けていく。


「せっかく助けてくれたのに、悪かったな。ローズ」

「レオ様……もっと早く救い出せなくて、ごめんなさい……っ」


 ぽろぽろと涙が頬を伝っていく。

 やる事なす事全て、大切な人を苦しませているだけのような気がして。ローズマリーは自分をこの世から消し去りたい気分に駆られてしまう。


「泣くな。こうしてローズやディルの成長した姿を見られて、話までできたのは、ローズのおかげなんだぞ」

「レオ、さ、ま……っふぅう、うぇええん!!」


 レオナードの優しい言葉に、子どものような泣き声が出てきてしまう。

 そんなローズマリーの頭を、レオナードは優しく撫でてくれた。昔、よくそうしてくれたように。


「今ならまだ、ディルの寿命は取られてないはずだ。だから、ディルだけは救い出すぞ。俺のことは気にしなくていい。こういう運命だったんだからな」

「……っ」


 しかしその説得にも、ローズマリーは首を縦には振れなかった。

 レオナードの言う通りにするべきだとは、頭ではわかっている。わかってはいるのだが、どうしても心が納得してくれないのだ。

 ディリウスを元に戻すためとは言え、レオナードを犠牲には、どうしてもできない。


(どうすればいいの……他に方法はないの!? 捻り出しなさい、私!! こんな状況にしてしまったのは、私なのよ!!)


 自分はどうなったとしても、ディリウスとレオナードだけは絶対に救わなければいけない。

 その方法がきっとあるはずだと、ローズマリーは頭をフル回転させた。


 ローズマリーの視界に映るのは、足元にいるフェンリルのヴァン。

 ようやく救い出したはずのレオナード。

 光輝の英雄となったディリウス。

 砕けた英雄と、まだ無事な英雄たち。


 そして、もう一人──


「っあ」


 その姿を見た瞬間、ローズマリーは閃いた。

 もうこれ以外に方法はない、と。


「どうしたんだ、ローズ」


 不思議そうに問うレオナードに、ローズマリーは。


「女神のエメラルド化を解くわ!!」


 そう叫んでいた。

 女神は、元は神の使徒で聖女だった人物だ。

 自身をエメラルド化して動けなくしても、光輝の英雄を作り続けた。

 魔女の生まれ変わりと思われるアナエルと、同等の力を持っているはずなのだ。

 つまり、聖女を戻すことができれば、ここにいる英雄全員を助けられる可能性がある。


「……なるほどな」


 ローズマリーの説明を聞き、しかしレオナードは難しい顔をした。


「だが、女神が光輝の英雄を戻してくれるかどうかは、賭けになる。それならば、確実にディルが戻る方法を選ぶべきだ」

「いやよ。それだとレオ様だけが犠牲になるもの。絶対に譲らないわ」

「……そういうところは、昔から変わらないのかよ」


 レオナードは困ったように眉を下げながらも、口元は笑っている。


「仕方ねぇな。じゃあ魔法を教えてくれ。俺がやる」

「いいえ、私がやるわ。レオ様は女神様の説得をお願い」

「いいや、これだけは譲らん。説得にどれだけの時間がかかるかはわからないからな。やはり俺が魔法を使うべきだ」


 強い瞳で訴えるレオナードに、反論しても無駄だとローズマリーは悟った。レオナードの固い決意を動かせないことは、昔からわかっている。


「……わかったわ。じゃあレオ様に魔法を教えます」


 教会にあるコップと水を使い、水を固形化する魔法と解除の方法を教える。

 レオナードはしばらくアナエルと繋がっていたからか、どちらも簡単に使うことができた。


「じゃあ、いっちょやるか」


 こういう時、何故か楽しそうになるのは、ディリウスもレオナードも同じで。

 何故だか、胸が苦しくなる。


「……ありがとう、レオ様……」

「しんみりすんな。すぐ戻してくれるんだろ?」

「ええ!!」


 ローズマリーの大きな返事を聞いたレオナードは、笑って女神に手をかざした。


「じゃあ、いくぞ」

「はいっ」


 レオナードが魔法を放ち、ローズマリーは後方でそれを見守った。

 女神のエメラルド化が解除され始め、輝くようなオレンジ色の髪がふわりと揺れる。

 と同時に、ピシリとレオナードの足元が翠色に変わり始めた。


「レオ様……っ」

「動揺すんな。わかってたことだ」


 わかっていても、大事な人がエメラルド化していく姿を見るのは苦しくて。


(絶対に、絶対に元に戻してもらうわ……!)


 ここまで来ては、もう後には戻れない。


「じゃあ、頼んだぞ。必ずディルだけは、元に戻してくれ!」

「レオさ──」


 パキンと音を立ててレオナードは再び光輝の英雄となった。

 そんな彼の前にはオレンジ髪の女神が凛と立ち。


「何用ですの」


 不機嫌声を、ローズマリーへと放っていた。

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