31話 ローズの望んだこと

 悲しみに暮れる灰の髪は霧雨のように美しく、空のように透き通った青色の瞳はとても綺麗で。


「ん……んん……」


 目を開けると、同じ髪と瞳の人物がそこにいた。


「ローズ」

「……リウ……?」


 そう呼んでからディリウスなのだと気づき、ローズマリーはほっと笑みを浮かべる。


「ディル……」

「どうした?」

「ううん、ありがとう……」


 いきなりお礼を言われたディリウスは、疑問の色を浮かべながらもローズマリーの耳元をそっと撫でてくれた。


「何か、思い出したんだな?」

「ええ……私が、神の巫女だったみたい」

「そうか」

「驚かないの?」

「ローズと巫女が同じ魔法を使うと知った時点で、そんな気はしてた」


 どうやら気づかなかった自分が鈍かったらしい。ローズマリーは体を起こしながら口を尖らせる。


「教えてくれたら良かったのに」

「言ってどうなるものでもないしな。それで、新しい魔法は?」

「覚えてないわ。元々巫女は、五つの魔法しか知らなかったようだし」


 ディリウスの部屋の、ふかふかのベッド。そこから足を下ろすと、ヴァンが走り寄ってきた。みーみー言いながら周りを飛び回っている。


「ありがと、ヴァン」

「みー!」


 ヴァンを抱き上げながら、ローズマリーはディリウスを見上げた。


(さっきのリウは……きっと、ディルの過去生だわ。私達は恋人同士だったの? それとも、ただの仲のいい友人?)


 頬にキスをしていた姿を思い出して、カッと顔が熱くなる。


「大丈夫か、ローズ。教会に行けそうにないなら、また明日でも──」

「いいえ、行くわ。行きましょう、ディル」


 心配そうな顔をするディリウスに笑顔を向けて、ローズマリーたちは部屋を出た。


 教会に着くとディリウスが人払いをしてくれたので、気兼ねなく魔法を使用できる状況となった。ヴァンも自由気ままに教会内を動き回っている。

 ローズマリーはレオナードの前に来ると、自然と鼓動が高鳴った。


「ようやく解放してあげられるわ……褒めてくれるかしら!?」

「そりゃ、大喜びで褒めてくれるさ」

「ああ、ドキドキしちゃう……っ」


 十年ぶりに声を聞けると思うだけで、心臓が破裂しそうだ。


「さぁ、早く戻してやれ」

「ええ!」


 ローズマリーはレオナードに手をかざすと、固形化解除の魔法を使った。

 翠色の硬いレオナード髪が、ふわりとした鮮やかな金髪に変わる。


「やったわ! 解除できそうよ!!」


 頂点から少しずつ解除され、目が瞬いた。続いて鼻、口と解除され、レオナードの顔が驚きの表情へと変化する。


「レオ様……!」

「……まさか……ローズか……!」

「はい!」


 十年ぶりの、大好きな人の声。自分の名を呼ばれ、涙が溢れそうになる。

 しかし、その瞬間。


 ピシッと音を立てて、ローズマリーの足元が翠色に硬化した。


「私!? どうして……!」

「ローズ! 魔法をやめろ! 固形化解除じゃ、エメラルド化の解除と同等にはならなかったんだ!」

「力の及ばなかった分が、私に跳ね返ってるってこと……!?」


 レオナードの解除が進むにつれて、ローズのエメラルド化が進んでいく。


「ローズ!!」

「やめたからと言って、硬化が止まる保証もないでしょう!? ならせめて、レオ様だけでも解除してみせるわ!」


 パキパキと進むエメラルド化が、腰にまで上がってきた。

 自分がエメラルド化するまでにレオナードを元に戻さなければ、中途半端な解除になっては悲惨なことになる。


「お前は、ディルか……! ローズを止めてくれ! 俺のせいでこうなっているんだろう!?」

「言われずとも!」


 レイナードの言葉に、ディリウスはローズマリーへと手をかざした。


「何をする気!? ディル!」

「どうせお前は、止めても無駄だろ」


 ディリウスの手から、魔法力が放出され始める。

 その瞬間、ローズマリーを侵食していたエメラルドが、止まった。それだけでなく、少しずつ解除されていく。


「ディル! やめて!! そんなことしたら、今度はあなたが……」


 言い終える前に、ディリウスの足がピシリと硬化する。

 ヴァンのみーみーという焦った声が、足元で叫ばれた。


「うそ……やめてよ、ディル……ッ」

「俺がやめろと言っても、ローズはやめなかった」


 何かを伝えたかったが、言葉が出てこない。

 力を込めた瞬間、レオナードのエメラルド化が全解除される。その凛々しい顔を悲壮に変えて、彼は叫んだ。


「どうして、こんなことになっているんだ!!」

「レオが俺に頼んだんだろ。ローズを守れって」

「……っぐ!」


 このままディリウスが光輝の英雄になっていいわけがない。

 ローズマリーはレオナードに向けていた手を、今度はディリウスに向ける。


「ローズ、何を……」

「レオ様のエメラルド化を解除するって決めたのは私。ディルを巻き込むわけにはいかないもの!」

「やめろ!」


 固形化解除の魔法を手から放出する。しかし。


「できない……どうして!」


 ディリウスは変わらずエメラルドに侵食され、ローズマリーは解除されていく。


「優先順位があるんだろうな……ほっとした。これでローズは、俺のエメラルド化の解除はできない」


 真の解除方法ではないせいだろう。固形化解除をした相手を、逆に解除することはできなくなっていた。

 ローズマリーの硬化が消えていくと同時に、ディリウスのエメラルド化は肩までピシピシと上がっている。


「いや……こんな、つもりじゃ……!!」

「気にするな」


 口の端を上げるディリウス。心配させまいと笑う姿に、喉が詰まったように苦しくなる。


(ディルが、光輝の英雄になっちゃう……っ!)


 ローズマリーの脳は、絶望感で真っ暗闇に染まっていくようで。


「いや! ディル!!」

「長年のローズの望みが叶うんだ。レオと一緒に、幸せにな」


 硬化が解けた瞬間、ローズマリーは足を踏み出しディリウスを抱きしめる。

 しかしその時にはすでに遅く。

 ディリウスは、動くことのない光輝の英雄となってしまっていた。

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