26話 可能性

 細い扉も普通に引くだけでは開かなかったが、ローズマリーが魔法を使うと簡単に開けることができた。

 中から漏れ出る空気は、本独特の香りだ。


「ここは……書庫……か……」


 中で古代のカンテラのようなものが灯されて、部屋の全容が明らかとなる。

 本や、紙を挟んだだけのファイルや、一見すると落書きのように見える筆記帳。

 それらが狭い部屋にこれでもかと積まれている。

 魔法が施されているのか、古いもののはずなのに、ざっと見た感じ、どれも綻びは見当たらなかった。


「これを全部調べるのは、かなり時間がかかりそうだな……」

「任せて、読むのは得意よ!」

「よし……手分けして片っ端から見ていくぞ」


 いくつかの書物を手に取ると、どれも魔法の本のようだった。

 初級編、中級編、上級編などがあり、初級編を見ると『誰でも簡単に魔法が使える』と書かれてある。ぺらぺらとめくってみると、大昔特有の古語が混じっているものの、読めなくはない範囲だ。


「大昔は、やっぱりみんな魔法が使えたんだわ……」

「俺でもできるってことか?」

「私が使えるんだもの、ディルだって使えなくちゃおかしいわ。ここに書かれてある魔法を使ってみて」


 ディリウスはローズマリーの指差した項を一読し、目を瞑った。

 体内を巡る魔力を感じ取っているのだろう。

 そして手のひらを上に向け、魔法力が込められた瞬間、小さな球体が現れてすぐに砕け散った。


「うわ、できた!?」

「今一瞬、水滴が出てたわよ! すごい!」

「本当に誰でも使えるものだったんだな……」


 魔法力があると認識することと、少しのコツ。それがあれば、おそらくどんな人も魔法を使えてしまう。


「多分、もっと修練を積めば、アナエルのように泉だって作り出せるようになるのよ」

「どうしてそんな便利なものが封印されたんだ……」

「わからないわ。それもどこかに書いてあるかもしれない。探すわよ」


 書庫から広場に本を出しながら、魔法初級の本、中級の本、上級の本、その他の本とタイトルで振り分けた。

 その他の本は歴史のようで、それは千年以上前の昔の生活が描かれていた。

 現在の女神歴は、一〇二〇年。女神歴になるよりさらに百三十年ほど前の話のようだ。

 それまでは、誰もが自由に魔法を使えていた事実が書かれている。


「当時は魔法の力で国は繁栄したけれど……どんどん魔法が開発されていって、人々は魔法を悪用するようになってしまったんだわ……」

「それで神が魔法の知識を人々から消し去ったようだな。魔法に関する書物は一箇所に集められて、封印された。それがここだったってわけだ」

「そしてヴァンに守らせたのね」


 ヴァンを見ると、体力を回復させるように伏せをしたまま、コォォオッと息を往復させている。

 ディリウスは本の山を見て、納得いかないように言葉を吐いた。


「本を燃やせばそれで終わりだったのにな」

「……多分、正当な使い方をする者のために、残しておいたんじゃないかしら」

「ただ単に、惜しくなったんじゃないか。神にとっちゃ、自分の作品を完全に消してしまうのが忍びなかっただけかもしれない」


 なるほど、とローズマリーは頷く。


「自分の黒歴史を捨てたいけど捨てられない的なやつね!」

「それはちょっと違うだろ」

「そう?」


 ローズマリーは一度本をパタンと閉じた。本はまだまだ山ほどある。今日中に読むのはどうせ不可能だ。

 歴史は気になるが、後にした方がいいと判断した。


「とりあえず今は、ヴァンをどうにかできる魔法を探しましょうか」

「それならさっき、良さそうなタイトルの本があったぞ」


 ディリウスが中級の魔法書から、一冊の本を探して取り出した。


「これだ。『頑張ればあなたもできる縮小魔法〜これでペットは永遠に子どものままに〜』」

「ちょ、ダメでしょ、それ!! 永遠に子どもなんて、可哀想よ!」

「いくら人間を襲わないと誓われても、このサイズのフェンリルを外に出せば討伐隊が組まれる。チビ犬でいてくれた方が俺も安心だし、こいつも安全なんだ」

「そうかも……しれないけど……」


 ヴァンが不意に顔を上げた。話は聞いていたようだ。

 ローズマリーは立ち上がると、ヴァンの首元をそっと撫でる。


『子どもになる方が都合良いのなら、我はそれで問題ない』

「え……いいの?」

『もう長くこの体でいるからな。小さいのも悪くはない。それよりも外に出たいのだ』

「ヴァンがいいならいいんだけど……私にできるかしら」


 ディリウスから本を受け取って、書いてある通りに発動してみる。

 するとみるみるうちにヴァンは小さなフェンリルになってしまった。


「か、かわいいーー!!」

「フェンリルって、生まれた時はこんなに小さいんだな」


 人間の子どもでいうと、生後十ヶ月くらいの大きさだろうか。

 普通の犬の子と比べると大きいが、それでも子どもらしい顔を見ると癒される。

 抱き上げてぎゅっと頬擦りすると、腕の中のヴァンがもふもふと動いた。


『く、くすぐったい! 離れろ!』

「心の声までかわいくなってるわ!」

「っく、俺も聞いてみたい……!」

「犬が話せるようになる魔法ってないかしら」

『我は犬ではない、フェンリルだ!』


 ミーミーと猫のような声で訴えるヴァン。

 目で見ても耳で聞いてもとろけてしまいそうだ。


「なんてかわいいの!! 私たちの子どもみたいね、ディル!」

「ああ……えっ!?」


 ディリウスの驚きの表情を見てハッとする。

 あまりの恥ずかしさに、顔中が熱く燃えた。


「ちょっと、なんてこと言うのよ、ディル!」

「いや言ったのローズだろ!」

「つ、ついよ、つい!!」


 言い訳しながらむぎゅっともふもふを抱きしめると、『くるじい……』というヴァンの心の声が聞こえてきたのだった。

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