27話 史実

 ミーミーと喜びの声を上げて、ヴァンが中庭を駆け回る。

 無事にヴァンを地下から連れ出し、空を見せてあげることができたのだ。目を輝かせているヴァンを見ていると、ローズマリーの顔は自然とほころんだ。

 ガゼボに遅い昼食を用意してもらうと、ディリウスと席に着く。


「ヴァンも食べる? 美味しい物を食べたいって言ってたわよね?」


 声をかけると、ヴァンは嬉しそうにミーミー鳴きながらやってきて、ローズマリーの膝に飛び乗った。


「何なら食べられるの?」

『我は、何も食べずとも生きられる。逆に言えば、食べようと思えばどんな物でも食べられる』

「石でも?」

『無機物はやめてくれ……人が食べられる物なら、なんでもだ』


 なんでもとは言うが、幼体の上に久しぶり過ぎる食事だ。

 犬用の皿を用意してもらうと、胃の負担にならないようにパンをミルクに浸して食べさせてあげる。


『うむ! うまいが、もっとがっつり食べたい!』

「じゃあ、適当にお皿に盛ってあげるから、好きに食べるといいわ」

『おおう……!』


 キラキラした目で見られながら、ローズは自分の食事を分けてあげた。

 ディリウスは食事をとりながら、持ってきた本を読んでいる。さすがに全部は持ってこられなかったので、一部だけではあるが。


「ローズ、面白い記述があるぞ」

「どんな?」

「女神歴になる百二十年も前に、聖女と魔女が神によって選ばれてる」

「聖女と……魔女!?」


 足元に料理を盛ったお皿を置くと、膝から飛び降りたヴァンが目を輝かせながらがっついた。


「聖女だけじゃないのね……」

「聖女には国を繁栄させる役目を、魔女には国を衰退させる役目を持たせたとある。それぞれに二百年の寿命を与え、二十歳から衰えない体にしたらしい」

「神様のやることはよくわからないわ」


 繁栄させたり衰退させたりをわざわざ繰り返させる理由はなんなのか。意味がわからないと、ローズマリーは眉を顰めた。

 食事をとりながら、本を読んでくれるディリウスの声に耳を澄ませる。


「聖女が豊穣の祈りを捧げると大地は豊かになり、癒しの祈りはどんな怪我も病気も治した。そうして聖女は神の慈悲を説いた。

 人々が繁栄し、人口が爆発的に増え、愚かにも人が争いを始めると、今度は魔女の出番となる。

 魔女は天候を操って災害を引き起こし、人口の減少を願えば疫病が蔓延した。時に山火事を起こし、時にいかずちを落とし、魔女は人々に神の威厳を知らしめてきた。


 聖女と魔女は、まさに神の使者。

 二人がいてこそ、うまく世は回っていた。


 しかし人々は、魔女の行為をよしとしなかったのである。

 人々に厄災をもたらす魔女は脅威であり、崇める対象ではなかった。

 ついに魔女狩りが始まり、聖女が止めるのもきかず、人々は魔女を討ち取ってしまった。

 魔女は息を引き取る直前に〝必ず復活して貴様らに報いを受けさせてやる〟と呪いの言葉を残して死んだ。


 聖女は悲しみ、魔女がいなければ自分の存在も無価値だと、その身をエメラルドに変えてしまったのである。

 エメラルドに輝く聖女を見た人々は、聖女は女神になったのだと思い、彼女を神として崇め始めた。

 これが女神信仰の始まり、女神歴の元年である」


まるで神話のような創世物語だなと、ローズマリーは食事を口に運んでいく。

ページを捲ったディリウスは、続けて本を読んでくれる。


「聖女はエメラルドとなり動けなくなっても、死んでいるわけではない。

 寿命の消費を停止させているだけで、その土地を見守りつづけた。時に彼女は、優秀な人物をエメラルド化し、過剰な繁栄を妨いだ」


 そこまで読むと、ディリウスは一度本を閉じてローズマリーを見る。


「こう書かれてあるが……どう思う」

「どう思うって……」


 ディリウスの問いに、なんと答えようか首を傾ける。


「真実なんじゃない? 少なくとも、私は納得できたわよ?」

「だが、魔法を自由に使っていたのは、女神歴一〇二〇年よりさらに百三十年も前の話だったはず。つまり、聖女と魔女が選ばれる十年も前に、魔法関連の本は封印されていたんだ」

「そう言われれば……確かに、封印された後・・・・・・の記録が本に載っているのはおかしいわね」


 ローズマリーが頭を悩ませていると、足元からミーミーと声がした。


「なぁに? おかわり?」


 そう言いながらヴァンを抱き上げると、声が聞こえてくる。


『神には巫女がいた。その本は、彼女が時折やってきては書き綴ったものだ』

「巫女……」

『ローズマリー、そいつと手を繋げ。一緒に説明した方が早いだろう』

「ディルと?」

「どうした、ローズ。何を言われた?」

「ヴァンが、ディルと手を繋げって。ヴァンの声を伝えられるかもしれないわ」


 手を繋ぐなど嫌がられるかもしれないと思ったが、ディリウスは立ち上がるとローズマリーの傍まで来てくれる。


「ディルの心は読まないから、安心してね」

「心配してない」


 青い子犬のようなフェンリルを膝に載せたまま、片方の手をディリウスと繋ぐ。

 意識をヴァンの方に集中させると、ちゃんとヴァンの声が聞こえてきた。


『では、神の巫女の話をしてやろう』

「聞こえる? ディル」

「ああ、聞こえた。ヴァン、お前、声はかわいいのに喋り方が合ってないな」

『うるさい、黙れわっぱ

「誰が童だ。俺はディリウスだ」

『話を進めるぞ』


 一瞬だけムッとしていたディリウスだったが、ミーミーと語るヴァンがかわいくて許してしまったようだ。

 繋いでいるディリウスの手が、もふもふを触りたそうに動いていた。


『神の巫女とは、神に仕える人間だ。彼女もまた、長い寿命を持っていた』


 千年以上生きるヴァンの昔語り。

 その言葉に、ローズマリーとディリウスは耳を傾けた。

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