22話 封印されたもの
結局どちらがアナエルを娶るかは決まらなかった。
その代わり、アナエルを二人目の聖女と認定し、王宮に迎え入れ丁重に扱われることが決まった。
とりあえず今はそれでアナエルも納得してくれたようだ。
アナエルの治癒の力は病人までもちゃんと治すことができて、町中から彼女こそが本物の聖女だと崇められ始めた。
対して、人に忌避感を与えてしまう魔法しか使えないローズマリーは、偽聖女と呼ばれている。町を歩くだけで、明らかな蔑みの目が体中に突き刺さった。
(偽聖女か……まぁ私も自分を聖女なんて思ってないものね)
イザベラがいたなら悪魔の首を取ったように大はしゃぎしていただろうが、彼女は現在牢獄の人だ。町人の噂話程度なら聞き流せる。隣にいるディリウスは違うようだったが。
「まったく、ローズも同じ聖女だっていうのに……」
「アナエルとは力の差があるもの。当然の反応だわ」
「それにしても偽聖女なんて呼ばれていいわけないだろ」
「別にいいわよ。無理に聖女であろうとせずに済んで、気楽なくらいだわ」
「……しんどい時は、言えよ」
目をぱちぱちと瞬かせながら、ローズマリーはディリウスを見上げた。
幼馴染みの顔はほんの少し頬が赤く染まっていて、つい笑いが込み上げる。
「ふふっ。大丈夫よ、ありがとう。心配してくれたの?」
「お前はすぐ強がるからな。本当は傷つきやすいくせに」
「そんなこと、ないと思うけど」
「自覚がないのが一番タチ悪い」
ディリウスに指摘されて思い返す。
イザベラに色々と意地悪された時のこと、町人たちの視線や噂話。
それらに全く傷ついていないと言えるだろうか。
(私は強がって、興味のないふりをして、虚勢を張っていただけ……?)
それを考えた瞬間、心が拒否反応を起こすように思考が
自分を強がりなだけの人間だなんて、思いたくない。
腕っぷしは無理でも、心だけはレオナードに相応しい強い女性でいるために。
「私は弱くなんてないわ。レオ様のために、なんでもする覚悟だもの」
「弱いなんて言ってないだろ。そういうところは、ホント強いと思ってるよ」
「ディルったら、言ってること矛盾してない?」
「してない」
ディリウスの言い草に釈然としないまま、ローズマリー達は教会へとやってきた。
いつものようにレオナードの前に行くと、翠色の硬い胸にそっと触れる。
「ねぇ、心を読む力を使ってもいいかしら」
「ああ。レオなら許してくれるだろ。それしか訴える手段もないだろうしな」
許可を得たローズマリーは、心を読む魔法を使ってみた。
以前と同じく、何かを訴えているように感じるが、それが何かはやはりわからない。
「どうだ?」
「心は、あるわ。でも言ってることはわからないし、声も前より小さくなってる気がするの」
「そうか……もしかしたら、心の声が聞こえなくなった時には……」
ディリウスの視線が、砕けた英雄たちへと注がれた。その意味を考えると、体が震えてくる。
「レオ様にはもう、時間がないってこと……?」
もしも目の前でレオナードが砕けたら。
明日来た時に砕けていたら。
そう考えるだけで気が狂いそうになる。
(早く魔法を覚えたい……! エメラルド化解除の魔法を……!!)
「ローズ!!」
強く願った瞬間に記憶がなだれ込み、視界は暗転した。
五つ前の前世のローズマリーには、大好きな優しい伯父がいた。伯父は有名な商人で、莫大な富を築き上げていた。
それを独り占めすることなく、学校や孤児院、病院を設立し、慈善活動を行ったのだ。自慢の伯父だった。
『伯父さん、どうしてそんなにたくさんの人の支援をするの?』
不思議に思って尋ねると、伯父は柔らかな声で答えてくれる。
『僕はね。生まれたからには、みんな幸せに生きる権利があると信じているんだ。でも色んな境遇の人たちがいる。劣悪な環境から抜け出せなかったり、生まれつき病気を抱えていたりね。僕は、支援することしかできないが、少しでも幸せになれる手助けをしたい。そうすることで、僕が幸せな気持ちになれるんだよ』
伯父の持つ博愛の心に、いたく感銘を受けたその時。
ピシッと音を立てて、伯父の足はエメラルド化が始まった。
ローズマリーの心臓はドクドクと跳ね、翠色に変わっていく伯父を見つめることしかできなかった。
『もっとたくさんの人の笑顔を見ようと思っていたのに……』
『伯父さん……いやだ、どうなっちゃうの……!?』
悔しそうな顔をしていた伯父は、ローズマリーに気づくと、大丈夫だと言わんばかりに笑顔になる。
『幸せに生きるんだぞ。その権利が、お前にはあるんだ。忘れるな』
そう言って、彼は完全にエメラルド化してしまった。
伯父がいなくなると運営はうまくいかなくなり、ほとんどの会社や病院は潰れて、孤児院もひっ迫することになった。
どうしてあんなに優秀な人物を、人を幸せにできる伯父を、女神は光輝の英雄にしたのかと。
ローズマリーは、納得できるはずもなかった。
「ローズ。わかるか?」
うっすらと目を開けると、ディリウスがローズマリーの頬に触れていた。
涙を拭ってくれていたのだと気づき、こくんと頷きながら起き上がる。
覚えた魔法が頭に浮かび上がると、ハッとしてディリウスを見つめた。
「どうした」
「新しい魔法が……」
声が、震える。
ようやく一歩進める、そんな魔法。
「どんな魔法なんだ」
問われて、ローズマリーはごくりと喉を潤してから声に出した。
「どんな扉でも、開けられる魔法……!」
「!!」
これも人には言いたくない魔法だ。
けれど今回は違う。この魔法こそ、ローズマリー達が待ち望んでいたものだ。
「ディル」
「ああ、行こう。開かずの扉へ!」
ローズマリーとディリウスは頷き合うと、教会を飛び出したのだった。
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