23話 開かずの扉の解除
ローズマリーとディリウスは、北の祈りの間の壁に手を置いた。
しばらくすると、すうっと手が沈んでいき、一歩足を踏み入れる。
真っ暗闇だったのは一瞬で、すぐに燭台に火が灯された。
「ローズ。魔法っていうのは、難易度があるんだよな」
「ええ、そうね」
ディリウスの問いかけに頷いてみせる。
歩みを進めるたびに、次々に灯される燭台。ローズマリーは使えないが、これはおそらくそんなに難しい魔法ではないだろう。
「アナエルの天候を変える力は、やっぱり難易度が高いのか?」
「そう思うわ。使っていた魔力だって、半端じゃないもの」
「わかるもんなのか」
「なんとなくだけどね」
ローズマリーの答えを聞き、ディリウスは立ち止まった。そして何かを考えるように眉を寄せ、顎に手を置いている。
「どうしたの、ディル」
「アナエルはあんなに高度な魔法を使えるのに、鍵の掛かった扉を開ける魔法は使えないと言ってただろう」
「ええ、そうね」
「すごい聖女なのに、難易度の低い魔法を使えないっておかしくないか?」
顎から手を離された顔は、まっすぐにローズマリーに向けられた。
魔法というのは、古代にあったものだ。今まで思い出した前世よりも、さらに昔の。
その記憶の断片が落ちてくる感覚で、ローズマリーは新しい魔法を覚えている。遠い昔に使っていた魔法なのかもしれない。
アナエルは、天候の魔法を応用と言っていた。基礎があり、魔法を理解しているからこそできる芸当だ。
「確かに、アナエルには基礎がある。だから応用の魔法が使えるんだと思うわ。だとすると、簡単な魔法を使えないのは、確かに違和感があるわね」
「だろ?」
「でも待って。あの時アナエルは……」
ローズマリーは国王とのやりとりを思い出し、ゆっくりと声に出した。
「人に迷惑をかけるような魔法は、私にはできません……この言葉って、できるけどしたくないって意味にも取れない?」
「……確かにな。となると、エメラルド化も解除できるけどしたくないってことになる」
ディリウスの言葉に首肯する。
「でもアナエルの思惑がわからないわね……どうして嘘をついたのか」
「エメラルド化を解除したり扉を開ける魔法を使うと、何か不都合があるとしか思えないな」
「考えていても仕方ないわね。扉を開ければわかるかもしれないわ。行きましょう」
「ああ。でもその前に」
ディリウスはそう言うと、背中側のベルトに通してある短剣を取り外した。
「何があるかわからないから、護身用に持っておいてくれ。まぁ、俺が守るからそいつの出番はないだろうけどな」
「本当よ。私、戦いなんてしたことないんだから、しっかり守ってもらわなきゃ困るわ」
ローズマリーはその短剣を受け取りながら、願うようにディリウスを見上げた。
「わかってる。もしもの時のためにだ。何が出てきても、ローズは姿を消して息を潜めてれば安全だろ」
「まぁ……そうね」
手ぶらよりかはいくらか心丈夫だ。しかし、できれば生物に短剣を突き立てるようなことはしたくないが。
ディリウスは再び進み始める。燭台がどんどん灯され、目的地である開かずの扉の前までやってきた。
「相変わらず、不気味な扉ね……」
「わくわくするな」
「わくわくだけじゃ済まないわよ……」
ローズマリーの心臓が、ドッドと耳の横で聞こえるように鳴っている。
つい勢いのまま来てしまったが、何があるかわからないというのに二人だけでは危険すぎる。
「やっぱり陛下にお話しして、開ける許可をもらった方がいいんじゃない? そうすれば、騎士団と一緒に入れるわ」
「父上にそのつもりがあるなら、とっくに扉の存在は他の者に知られてる。何があるかわからない以上、多くの人の目に晒すようなことはしないさ」
確かに、この場所に魔法が使われているというだけで大騒ぎになるだろうし、扉の先にあるものが何かわからない以上、人の目は極力さけるべきだ。
何があるのかをはっきりさせてから、発表するか否かを決めたいというのが王族の心情だろう。
「じゃあ、開けていいのね? 魔物が出てきても、なんとかしてくれるのね!?」
「もちろん」
「危なくなったら逃げなさいよ……!」
「大丈夫だ」
一体、何が大丈夫なのか。不安しかないが、いつもは乏しい表情をわくわくさせているので反対しづらい。
それに、この奥にエメラルド化を解除できるヒントがあるのならば、開ける以外に選択肢はなかった。
「開けるわよ」
ローズマリーが扉に手を置いた、その時。
コォォオオオオッ
唸り声が辺りに響く。
扉に置いた手からはビリビリと振動が伝わっきて、怖気が立った。
「ほ、ほ、本当に開けていいのね!?」
「そんな泣きそうな顔するなよ、ローズ」
「ディルはどうしてちょっと笑ってるのよ!」
「いや……なんか可愛かったから」
さらりと言われた言葉に、ローズマリーは耳まで熱くなった。
(可愛いって……私!?)
心が一気にドタバタしてしまい、どこを見ていいのか視線が定まらない。
「な、泣きそうな顔を見て可愛いだなんて、喜ぶとでも思ってるの!? もう、さっさと開けるわよっ!」
「わかった」
自分から開けると言った手前、もう引き返せない。
ローズマリーは覚悟を決めて息を吸い込むと、両手から魔法を放った。
扉が眩い光に包まれる。そしてガコンッという何かが外れるような音がして、光は消えた。
「開いたか?」
「多分……」
ディリウスが扉のバーハンドルに手を置くと、片方をぐいっと引っ張った。
すると、ズズズ……ッと鈍い音を立てながら、ゆっくりと開いていく。
「やった! 本当に開いたぞ、ローズ!」
「そ、そうね……」
開いたのは嬉しいが、これから何が待ち受けているのかと思うと恐ろしい。
「行こう。俺の傍から離れるなよ」
「うん……っ」
嬉々として扉の奥へと進むディリウスを、ローズマリーは慌てて追いかけた。
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