21話 二人の縁談
(私、ここにいていいのかしら)
研究者も政務官も新しい聖女と崇められたアナエルも、みんな家や職務に戻らされた。
王城にある軍議の間にいるのは、国王アルカディール、第一王子イシリオン、第二王子ディリウス、そして何故か侯爵令嬢ローズマリーである。
「困ったことになったな……」
国王が深く息を吐いた。
アナエルのまさかの要望に、イシリオンもディリウスも難しい顔をしている。
彼女は隣村に住む平民の娘で、怪しいところは特にない。しかし結婚となると話は別だが。
「お父様。まさか本当に僕たちのうちのどちらかを、アナエルと結婚させるつもりじゃないですよね?」
拒否のオーラを放つイシリオンに、国王は強く眉を寄せる。
「無論、いきなり王族と結婚などという不躾なことをいう者と、大事なお前たちを結婚させるようなことはしたくない。したくはないが……」
苦悩の表情を見せ、悔しそうに唇を歪めながら国王は続けた。
「あの娘の魔法は強過ぎる。天候をあそこまで自由にできるということは、この王都に洪水を起こすことも、日照りを続けて水不足にすることも可能だということだ」
実質、王都と都民が人質に取られているようなものである。
もしアナエルの要求を飲まない場合、彼女の機嫌
「しかし王族と結婚すれば、国民のために魔法を使うと言っておる。敵に回せば怖いが、味方につけば国の繁栄は間違いない。他国にあの娘が取られるのも、正直困るしな」
国王の言うことはもっともで、アナエルを囲っておくのは必須条件だろう。
あれだけの力を持った者を野放しにするのは、危険すぎる。
「仕方ないな。じゃあディル、頼むよ」
「俺!? いや、兄上でもいいだろう!」
「僕は嫌だ」
「俺だって嫌だ!」
互いに押し付けあって、兄弟喧嘩が始まってしまった。
普段は仲のいい兄弟なのだが、結婚となるとやはり譲れないところがあるようだ。
ローズマリーは仕方なく二人を宥めるように話しかける。
「まだアナエルと会ったばかりなんですから、交流を深めてから決めてもいいのでは? ちゃんと接すれば、気が合うかもしれませんよ」
「そういう問題じゃない」
「たとえ良い人でも、僕には他に結婚したい人がいるから無理だ」
イシリオンの言葉に、国王とディリウスがぎょっとするように目を丸めた。
「結婚したい者などおったのか、イシリオン! 初めて聞いたぞ!」
「俺も初耳だ。兄上は女性なら誰でもいいんじゃないかと思ってた」
「失礼な。そんなわけないだろう」
イシリオンは珍しく口をへの字に曲げて怒っている。
温厚で優しくて誰にでも好かれるキラキラの第一王子だ。意中の女性がいるなら、よほど問題のある令嬢でない限り、すぐ結婚できそうなものだが。
「どうして結婚なさらないんですか? イシリオン様なら断る女性などいないでしょうに」
「……本当かい、ローズマリー」
「はい。イシリオン様ほどのお方を振る女性がいるなら、その顔を拝んでみたいくらいです」
王族であり、性格も顔も全て良くて非の打ち所のない人にプロポーズされれば、どんな女性でもイチコロのはずだ。
なのに何故? と首を傾げながらイシリオンを見上げると、彼は品の良い顔立ちをローズマリーに向けた。
「では、ローズマリー。僕と結婚してもらいたい」
「……はい?」
放たれた予想外の言葉に、一瞬で頭が混乱する。
イシリオンから向けられる真っ直ぐ過ぎる瞳。その視線があまりに熱くて、めまいを起こしてしまいそうだ。
(これは、冗談……じゃなさそうだわ!)
もしも冗談で受け流せば、きっとイシリオンを傷つけてしまうに違いない。
かと言って受け入れられるわけもなかった。イシリオンのことは大好きだが、そういう対象で見たことは一度もない。
「兄上……ローズのことが好きだったのか」
「ああ。他の女性のように媚びることをしない、凛としたローズマリーにいつの間にか心を奪われていた。少しずつ歩み寄っていければと思っていたが……」
イシリオンが最高の笑みをローズマリーに向けてくる。
その美麗な顔立ちは、男女関係なく多くの者を虜にしてしまう魅力に溢れていた。しかしイシリオンはローズマリーにとって、〝優しい兄〟でしかないのだ。
「僕と結婚してほしい。まだ僕に気持ちがないのはわかっているが、これから振り向いてもらえるよう努力するよ」
「え、えーっと……」
まさかのプロポーズという展開に冷や汗が流れる。
相手は第一王子だ。さらに『イシリオン様なら断る女性などいない』と豪語してしまっている。数分前の自分を殴りたくなったが、覆水盆に返らずである。
(イシリオン様は素敵だけど、レオ様以外の人との結婚なんて……)
間違いなく、イシリオンと結婚できる者は幸せだ。その確信がある。
しかしローズマリーは、どうしても頷くことができなかった。かと言って、彼を振ってしまうことも咎められる。傷つけたくないと思うのは、偽善だろうか。
何も言えず奥歯を噛んでいると、ディリウスが口を開いた。
「兄上は諦めた方がいい。ローズはレオのことしか頭にないからな」
「レオ……って、あのレオ?」
「そう、俺たちの叔父のレオだ」
ディリウスが断言すると、イシリオンに憐憫の目を向けられた。
光輝の英雄となった者を想い続ける、痛い女と思われたかもしれない。
「そうか……でもそれならまだ、チャンスはあるよね」
「え?」
「いつか、ローズマリーの気持ちの区切りが着くまで待つよ」
待っていても無駄だとは言えず、ローズマリーは曖昧に微笑むしかなかった。
後ろで国王が「早く結婚してもらいたいのだが」と長い息を吐いている。
「と言うわけで、アナエルの件はディルに頼んだよ」
「ローズに振られたんなら、さっさと諦めて兄上がアナエルを娶るべきだ」
「それは嫌だ」
「俺も嫌だ」
結局、堂々巡りになってしまった兄弟達に、ローズマリーはもう何も言えなかった。
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