20話 本物の聖女

 新しい聖女と呼ばれるその人が、王城へと招かれた。

 先ほど話し合ったメンバーが場所を変え、謁見の間で聖女を迎える。すでに聖女と認定されているローズマリーも、レッドカーペットの横に参列していた。


 王座の前まで進んだのは、藍色の長い髪を持つ、珍しい金色の瞳をした小柄な女性。地味なグレーのロングワンピースを着用している。

 何の飾り気もないシンプル過ぎる格好で、貴族の出身でないことは推察できた。


「そなたが聖女と呼ばれる者か」

「お初にお目にかかります、国王陛下。私はアナエルと申します」

「年は」

「先日、二十歳を迎えました」


 ローズマリーやディリウスと同い年だ。下町出身と思われるので、関わる機会はなかったが。


「して、アナエルは何ができるのだ?」

「そうですね……怪我や病気を回復させる治癒魔法。魔物や人の移動を制限する結界魔法。水を出して泉を作れますし、炎で焼畑を作ったり、風で空気を循環させることもできます。その応用で、天候も自由自在に操れます」

「なんと……」


 ローズマリーの魔法とはレベルが違う。本当にこれらができるなら、確かにアナエルはローズマリーよりもよっぽど本物の聖女だ。


「では人の心を読んだり、鏡に人を映したり、姿を消したりはできるのか?」

「人に迷惑をかけるような魔法は、私にはできません」


 アナエルの淡々とした言葉に、周りの視線はローズマリーへと向けられた。

 元々嫌われる魔法だとわかっているが、侮蔑の目で見られると悲しい。


「気にするな、ローズ」


 隣にいるディリウスが耳打ちしてくれて、いくらか心のおもしが軽くなった。気付かれないくらいに小さく首肯すると、またアナエルと国王の会話に耳を澄ます。


「では……鍵の掛かった扉を開ける魔法は」

「そんな泥棒のようなことは、もちろんできません」

「……そうか。では他に、どんな魔法を使ったことがあるのか、小さなことでも申してみよ」


 国王の言葉に、アナエルはうっすらと笑って答えた。


「そうですね。私が生まれた年から、光輝の英雄が多数誕生していることと思いますが」

「そうであったな。ちょうど二十年前からだ。まさか……」

「はい。私は女神様にこの力を与えられ、無意識のうちに英雄となるべき存在へ、光輝の魔法を使っていたのです」

「誠か……っ」


 女神のみわざだと思っていたエメラルド化。それがアナエルの魔法だという驚愕の事実に、周りがにわかに騒がしくなる。ローズマリーも息を止めてアナエルを睨んだ。


「近年の光輝の英雄は、彼女が生み出していたのか!」

「素晴らしい! 彼女こそ女神に愛されし本物の聖女だ!」


 賞賛の声が上げられる中、ローズマリーだけはぎゅっと手を握りしめる。


(ここ二十年の最近の光輝の英雄は、アナエルが生み出していた……じゃあレオ様も、アナエルが……!!)


 途端に溢れ出す、憎しみにも似た怒り。

 ぎりっと奥歯を噛み締めると、「落ち着け」と囁かれる。


「でも……っ」

「アナエルは無意識のうちに使ってたと言っただろう。ローズが鏡を覗く時に魔法を使ってしまうのと、同じ感覚なのかもしれない」


 確かに、魔法を使おうとして使う時と、いつの間にか溢れてしまっている時がある。それを思えば、彼女を責められない。

 とにかく、ちゃんと話を聞かせて貰もらわなければと、ローズマリーは口を開いた。


「陛下、どうか私にも彼女とお話する機会をいただけますでしょうか」

「よかろう。言いたいことがあるなら述べるがいい」

「深く感謝申し上げます、陛下。では……」


 国王を見ていたアナエルの顔が、ローズマリーへと向けられた。

 その金色の瞳に向かって、ローズマリーは臆すことなく疑問をぶつける。


「あなたが光輝の英雄とした者のエメラルド化を解くことは、可能なの?」


 ローズマリーの質問は周囲を凍りつくような空気に変化させた。


「光輝の英雄を元に戻す?」

「なんと罰当たりな」


 隠すこともしない周囲の声。それが一般的な反応なのかもしれない。

 アナエルは顔色も変えずに口を開いた。


「できません。光輝の英雄は、女神様の思し召し。私などが解除できるはずもないです」

「そう……ありがとう……」


 お礼を伝えると、アナエルは口元を綻ばせている。しかしその金の目は笑っておらず、何故かローズマリーの背筋は寒気を帯びた。


「とにかく、実際に魔法を使ってもらわねば、判断はできんな」


 これ以上問答をするよりは、アナエルの魔法を見るべきだという王の指示により、全員が外へと出る。

 騎士の訓練エリアにやってくると、アナエルは火を出し、空中に水を浮かべ、そよ風を呼んだ。

 そして雨雲を呼び雨を降らせ、雷鳴を轟かせる。そのわずか数分後には、太陽のきつい日差しでみんなを照らした。

 まごうことなき本物の魔法に、誰もが目を奪われ、喜び勇んだ。


「これは素晴らしいですぞ、陛下! 数々の奇跡を起こすアナエルこそ、本物の聖女!」

「この力が自由に使えるならば、我が国は安泰です!!」


 確かに天候を自由に操れるならば、洪水に悩まされることも、日照りが続いて水不足になることもなくなる。

 災害は減り、豊穣が期待できるだろう。聖女という称号に相応しい。


「アナエル殿! この国に生まれたからには、魔法を国のために使ってくれますな!?」

「陛下、彼女を聖女として正式に迎え入れましょう!」


 興奮の冷めやらない者たちが、次々と国王に訴え始めた。


「皆よ、落ち着け。確かにアナエルの魔法はすごいが……これはあまりにも──」

「私を王族に迎えてくれるのならば、いくらでもこの国のために魔法を使いましょう。迎えてくれるのならば、ね……」

「王族に……」


 アルカディールは渋い顔をした。それはつまり、王族の誰かと結婚させろということで。

 ディリウスだけでなく、さすがのイシリオンも眉根を強く寄せていた。

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