17話 間に合え!

「ディルは薬を売った男を捕らえて! 陛下の方は私が!」


 手鏡に男を映し、このまま映り続けるよう魔法で固定する。


「持って行って! この鏡があれば、居場所はわかるはずよ!」

「ローズ、無茶はするなよ。俺が行くまで待ってろ!」

「待てればね!」

「あ、おい!!」


 ディリウスが何かを言う前に、ローズマリーは姿を消した。

 馬車の準備を待つよりは、走った方が早い。


「すぐに売人を連れて行くからな!」


 気持ちを切り替えたディリウスは、鏡を見ながら町の中へ走っていった。

 ローズマリーはヒールを脱ぎ捨て、スカートをたくし上げると王城へひた走る。


(誰にも見せられない格好ね。姿を消す魔法があって良かったわ)


 地を蹴るたびに痛くて血も滲んだが、そんなものは後で治せばいい。

 王城の門兵をすり抜けて中へと入ると、ブライアー侯爵家の馬車が置いてあった。すでにイザベラは来ているようだ。


(急がなきゃ!! 一体、どこに……)


 ぜーはーと息をしたいのをこらえて、ローズマリーは見回した。すると。


「暁の間に、追加のテリーヌを急いで持って行って! イザベラ様がお持ち下さったワインには、こちらの方が合うと思うわ!」


 イザベラがワインを持ってきたという情報。その中に薬を入れているに違いない。


(暁の間は、確かこっち!)


 急いで向かうと、ちょうど使用人が扉を閉めるところで、ローズマリーは中へと滑り込んだ。

 目に飛び込んできたのは、国王がまさにワインを煽ろうとしている姿。


「飲んではいけません!!」


 透明化を解いて叫ぶと国王の手は止まり、大きく目が開かれた。

 部屋にはイザベラとその父親、それにイシリオンもいる。


「どうしてあなたがここにいるのよ!」


 イザベラが甲高い声を出し、扉の外にいた衛兵たちが部屋に入り込んできた。


「どうなさいましたか!」

「そこの薄汚い女よ! いきなり乱入してきたの!!」


 ドレスと髪の毛を振り乱し、足を血だらけにした赤目の女。そんなローズマリーを見た瞬間、衛兵達の顔色が変わり、侯爵令嬢だと弁解する暇もないまま取り押さえられてしまった。


「ローズマリー……か?」


 国王の言葉に、なんとか「はい」と答える。


「どうやって入ったのだ。今日は契約を結ぶ日。この部屋には簡単に入れぬはずだが」

「それはディル……ディリウス様のご婚約に関しての契約でしょうか」

「ああ、その通りだが」


 それでわかった。イザベラの思惑が。


「ワインには、判断力が鈍る薬を入れられています! イザベラに都合の良い契約を結ばされるところだったんです!!」

「なに!?」


 国王がジロリとイザベラを睨むも、彼女は平然としている。

 イシリオンが衛兵を止めてくれて、ローズマリーはようやく解放された。


「どこにそんな証拠がありますの? 万が一、ワインにその薬が入れられていたとして、私が入れたという証拠はありませんわよね?」


 そう言われて、ローズマリーは奥歯を噛み締める。

 覗きの魔法で見たことは言いたくない。言ったとしても、人違いだと言われたり、言いがかりだと言われてしまえばどうしようもないのだ。


「本当にあなたはみっともない人ね。私は王子妃となる身なのよ。少しはわきまえなさい」

「王子妃なんかにさせないわ。陛下に薬を飲ませて、無理やりディルと婚姻関係を結ぼうとしていたようだけど。あなたみたいな人に、ディルは渡さない!!」


 喉が痛いくらいに叫ぶと、さすがのイライザも怯んだ。

 しかしそれは一瞬で、すぐに眉を吊り上げている。


「わたくしが薬を飲ませようとした証拠がないでしょう! 勝手なことばかり言って、名誉毀損ですわ!」

「証拠ならある!」


 その瞬間、開け放たれたままの扉から、よく通る声が響いた。

 いつの頃からか声変わりをして低くなった、幼馴染みの声が。


「ディル!」

「ディリウス様……!?」


 ディリウスは黒帽子に黒服を着た男の首根っこを掴んで、無理やり歩かせていた。


「ディリウス、その者は?」


 国王の言葉に、ディリウスがまっすぐ答える。


「この者が例の薬をイザベラに売ったと吐きました。イザベラの付き人が、ワインにその薬を入れてたのを見ています」

「成程。ではこれで決まりですね、お父様」


 イシリオンがそう言うと国王アルカディールは首肯し、改めてイザベラに視線を向けた。


「証拠がある以上、言い逃れはできんぞ」

「イザベラ、お前、なんということを……!」


 父親は知らなかったようで、娘がやらかしたことに震えている。


「話は後でじっくり聞く。イザベラを捕えろ。父親の方も連れていけ」


 国王に命令された衛兵は、イザベラの手首を縛りあげた。

 これでイザベラは貴族社会から排除されることだろう。

 毒ではないとはいえ、国王に違法薬を盛ろうとしていたのだ。投獄は免れない。

 危険は去ったと、ローズマリーはようやくディリウスに笑顔を向けた。


「良かったわね、ディル。これで纏わりつかれなくなるわ」

「そうだな」


 ホッとディリウスが息を吐いたのが気に食わなかったのか。

 振り返ったイザベラが悪魔のような顔で犬歯を覗かせた。


「あんたのようなくすんだ髪で冷たい目つきの悪い男に、わたくしが本気になるわけないじゃない! 気持ち悪くて仕方なかったのよ!」


 ガッと頭に血が上る。ローズマリーは思い切りイザベラを睨みつけた。


「私はディルの髪も目も大好きだわ! あなたなんかにディルの良さがわかってたまるもんですか!」


 間髪入れずに言い返す。悔しそうな顔をしたイザベラは、衛兵に引っ張られながら遠ざかっていった。


「なんなのよ、最後まで! ディルも少しは怒ったら!?」

「いや、もう気が済んだ」

「……何も言ってないのに気が済んだの?」


 酷いことを言われたのに、笑っているように見えるディリウスが理解ができず。

 ローズマリーは、こてんと首を傾げたのだった。

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