18話 ローズの気持ち

 イザベラが連れていかれたのを確認して、心底安心した途端、足に痛みが走った。

 これまでは必死だったので気にならなかったが、見てみると足の裏がボロボロになっている。


「大丈夫か、ローズ。靴はどうした」

「急いでたから、どこかに投げ捨てちゃったわ」

「そこまでしなくても」

「ヒールじゃ走れなかったんだもの。大丈夫、治癒ですぐ元通りになるから」


 ローズマリーは魔法を発動し、足の怪我を治していく。我ながら、よくこんな状態で走れたものだと感心した。

 治癒を終えた途端、ふわりと足元が浮き上がる。何故かディリウスに抱き上げられていて、ローズマリーは目を疑った。


「何してるのよ! もう怪我は治ったし、大丈夫だってば!」

「裸足でその辺を歩かせられるか。ドレスも乱れてるし、着替えた方がいい。大人しくしてろ」


 ローズマリーを抱き上げたまま、扉に向かおうとするディリウス。抵抗できず、されるがままになっていると、後ろから国王アルカディールに声を掛けられた。


「ローズマリーよ、救ってくれたことには感謝する。しかし王城に許可なく侵入した件に関して、詳しく話を聞かせてもらうぞ。後日、改めて登城するように」

「父上、それは緊急事態だったからで! 俺がローズに許可をしたんです!」

「わかっておる。今はゆっくり休ませてやれ」


 アルカディールの理解ある発言にほっとする。ディリウスが頭を下げると同時に、ローズマリーも彼の腕の中で頭を下げた。

 ディリウスが侍女に声を掛け、靴や服を用意させている。急遽用意された部屋に入ると、ようやく降ろしてもらえた。


「じゃあ、ローズを頼む」

「お任せくださいませ、ディリウス王子殿下」


 ディリウスが出ていくと、侍女たちが着替えさせてくれる。乱れた髪と化粧も、すべて綺麗に整えてくれた。

 さすが王族の侍女たちだ。いつものローズマリーより遥かに綺麗に見える。


「お綺麗ですわ。ローズマリー様」

「あなたたちの腕が素晴らしいのよ。本当にありがとう」

「もったいないお言葉です。ディリウス様が隣で待機しておいでですわ。こちらへどうぞ」


 侍女に連れられて隣の部屋へと移動した。侍女がノックし、許可を得ると扉を開けてくれる。

 ローズマリーはディリウスの待つ部屋へと一歩踏み入れた。


「ローズ……」

「ありがとう、ディリウス。靴もドレスもあつらえたみたいにピッタリよ。さすが、お城は不測の事態に備えて色々用意してあるのね」

「まぁな」


 嬉しくなって、くるりと一回転してみせる。ディリウスと同じ瞳の淡い青色のドレスが、ふわりと広がった。


「私の赤目に、こんな素敵な色のドレスは合わないけどね」

「そんなことない、よく似合ってる。ローズの赤い目は、薔薇のように綺麗だからな」

「ふぇ!?」


 予想外の言葉をかけられて、変な声が口から飛び出した。


(いつの間にこんなことが言える男になったのよ、ディルったら!)


 耳まで一瞬で熱が集まってくるのを感じる。だけど幼馴染みに動揺を悟られるのは、恥ずかしいし悔しい。


「ふ、ふふん。ディルもそういうことが言えるようになったのね」

「綺麗なものは綺麗だからな」

「そういうことは、ちゃんと好きな人に言いなさいよ! いるんでしょう、好きな人!」

「……ああ」


 ディリウスの好きな人はイザベラだと思っていたが、違ったなら別の人物ということになる。

 他にディリウスと仲の良い令嬢など知らないが、きっと一方的に好きなのだろうということは予想がついた。


「イザベラだと心から応援できなかったけど、他の人ならいくらでも……」

「…………ローズ?」


 声を詰まらせたローズを見て、ディリウスは訝しげな顔をしている。


「応援、する、わよ」


 おかしく思われないよう、なんとか言葉を続けるも、目は定まらずに泳いでしまった。胸の中が異様にざわざわとして落ち着かない。


(ディルには幸せになってほしいって思ってるのに……心からそう思えてないってこと? 幼馴染みの幸せを願えないなんて、なんて私は心が狭いの!)


 己の狭量さに嫌気がさし、情けなさに唇を噛み締めた。

 おそらくは、嫉視しているだけなのだ。ローズマリーはレオナードのエメラルド化を解かなければどうにもならないのに対して、ディリウスは王族の権力を使えば、婚姻はある程度どうにでもなる。

 ずるい、羨ましいという気持ちが心を支配しそうになり、ローズマリーはそんな考えを打ち破った。


(きっと私がレオ様と結婚して幸せになれた時には、ディルのことも心から喜べるはずだわ)


 そんな考えに至ったローズマリーは、両手をぎゅっと握り、ディリウスに宣言する。


「ちゃんと応援するために、私は一刻も早くレオ様と結婚するわ!」

「どうしてそんな結論に達するんだ」

「大丈夫、魔法も色々覚えてきているし、きっとエメラルド化の解除ももうすぐよ!」

「……そうだな」


 ディリウスは何故か寂しげな表情で、内ポケットから手鏡を取り出した。


「返すよ。これのおかげで助かった」


 受け取った鏡には、まだ売人の男が映っていて、取り調べを受けているのが見える。

 売人が映るように固定していた魔法を解除すると、赤目に色素の薄い金髪が映し出された。


「覗き見の魔法も、役に立ったなら良かったわ」

「おそらく明日には、俺たちの事情も聞かれる。その時には隠してた魔法のことも言わなきゃならなくなるが……大丈夫か?」

「ええ、大丈夫よ。仕方ないもの」

「言わずに済むと思ったんだが……悪かった」

「ディルが謝ることじゃないわ。気にしないで」


 そう伝えるも、ディリウスの顔が晴れることはなかった。


 ローズマリーはいつものように送ってもらい、部屋で一人になると、手鏡を取り出した。何気なしに見ただけなのにディリウスの姿が映ってしまい、慌てて巾着袋レティキュールの中に仕舞い込む。


「もう、どうしてディルが映るのよ」


 そんな呟きが、部屋の中で広がっていた。

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