12話 ふたり

「さっきは悪かった。あんな風に言われたら、ローズも本当に俺の心を読むんじゃないかと思って焦ったんだ」


 ディリウスは、ローズマリーの手を取ったままそう言った。わかってはいたが、やはり信じられていなかったのだと思うと心に棘が刺さる。


「読まないわよ。あの時だって魔法を使ったことにして、適当に言うつもりだったんだから」

「だよな……わかってたのに……ごめん」


 力のない声で視線を落としているディリウス。とっさにあんな行動を取ってしまったことを後悔しているのだろう。

 落ち込んでいる姿を見ていたら、ローズマリーの溜飲は下がっていった。


「私こそ、逃げ出してごめんね。傷つくようなことじゃなかったのに……」

「いや、あれは俺が悪かった」

「だから手を繋いでるの?」


 繋がれたままの二人の手。心を読まれないと信じるという、証明のように。


「今度こそちゃんと、ローズを信じてる」

「そんなに信用しなくていいのよ。心を読まれるのは怖いでしょう? 嫌なんでしょう?」

「俺が読まれるのは……まぁいいんだ」

「いいの!?」


 予想外の言葉を受けて、ぽかんとディリウスを見上げた。いいのなら……少し覗いてみたい気もする。


「じゃあどうして嫌がったのよ」

「俺の心を知ると、ローズは苦しむ。それがわかってるからな」

「……どういう意味?」


 ローズマリーの問いに、ディリウスは自嘲気味に口の端を上げるだけで、何も答えてはくれなかった。


(私が苦しむから、あんなに真っ赤になって怒って、触れさせなかったってこと?)


 避けられたのは自分のためだったと知って、嬉しくはあるがなんだか釈然としない。心を読むなと牽制しているとも取れる発言だ。


「……大丈夫よ、ディルの心は読まないわ。ううん、許可なく人の心はもう読まない」


 それでなくとも、覗きの魔法まで覚えてしまっている。

 いくらでもプライバシーを侵害できる状態で、人の信用を得るというのは難しいのだ。

 ディリウスが信じると言ってくれるなら、絶対にその信用は裏切らないと、ローズマリーは友人の温かな手を強く握った。


「……大丈夫か? 涙の跡があるみたいだが」

「あっ、これは……」

「また何か、思い出したんだな」


 否定も肯定もしないうちに断定されてしまう。

 こうなってはもう、誤魔化せない。ローズマリーは仕方なく頷き、繋いでいた手を外すと、ゆっくりと記憶を語った。


「──鏡を持った女性の英雄……確かにいたな。それで、新しい魔法を会得したんだろ?」


 今までのパターンから確信を得ているのだろう。記憶を取り戻しておいて、魔法は覚えてないという言い訳は成り立たない。

 ローズマリーは机の上に伏せていた手鏡を取ると、ディリウスに渡した。


「これは……俺が昔プレゼントしたやつだよな」


 こくんと頷くと、ディリウスの表情が少し緩む。


「使ってる様子がないし、捨てられたのかと思ってた」

「まさか! 大事に置いていたのよ。割れるのも嫌だったから」

「そうか」


 ディリウスの顔が優しくほころび、どうしてだかローズマリーの顔は熱くなる。


「それで、この鏡がどうかしたのか?」


 問われると、罪悪感で胸が痛んだ。黙っているわけにはいかず、ローズは意を決して言葉にする。


「これで、さっきまでディルを見ていたの」

「──どういう意味だ?」

「私の新しい魔法は……覗き見、みたい……」

「覗き見?」

「心に思った人の現在を、鏡に映せるの。ごめん……さっきディルがイザベラと一緒にいるところを見ちゃったわ……」


 好きな人と一緒にいるところを見られるのは、嫌に違いない。しかしディルは特に気にしていないようだ。きっとローズマリーが落ち込むと思って、気を使ってくれているのだろう。


「覗き見……か。また厄介な魔法を身につけたもんだな」

「ええ……この魔法のこと、報告しなきゃいけないわよね……」


 また研究者による検証が行われるのだろう。みんなにこの能力が知れ渡ってしまう。

 パーティでは一人でも平気なフリをしていたが、それは嘘だ。自分の意志で一人になるのが平気なだけであって、人に嫌われて一人になるのはつらい。


「言わなくていい」

「……え?」


 突然の言葉。ローズマリーは下げていた視線を、ディリウスの綺麗な空色の瞳に合わせた。


「誰にも知られたくないんだろ」

「そうだけど……報告しないわけには」

「俺が把握したから、もう誰にも伝える必要はない」


 ディリウスの気遣いが沁み入る。

 嫌だなんて言葉は一言も使っていないのに、気持ちをわかってくれていることが嬉しい。


「ありがと、ディル……でもちゃんと伝えないと、研究が進まないんじゃ………」

「どうせ言ったところで研究が進むわけない。そんなにすぐ魔法が解明できるなら、とっくに俺たちがエメラルド化を解除してるだろ」


 バッサリ切り捨てるように言うので、ローズマリーは少し笑ってしまった。

 ディリウスが、そっと目を細めている。


「このことは俺の心に仕舞っておくから、ローズはもう気にしなくていい」


 ディリウスの優しい口調に、ほっと胸を撫で下ろす。

 覗きなんて絶対にしてはいけない行為だ。ディリウスがこの魔法を利用しようとする人でなくて本当に良かった。

 手鏡をローズに返しながら、ディリウスは口を開く。


「やっぱりエメラルド化解除の鍵は、ローズが握ってそうだな。魔法なんてどの国でも聞いたことはないが、エメラルド化が魔法だとすれば、解除も魔法でできるはずだ」

「確かに、エメラルド化は女神様の奇跡の力か何かだと思ってたけど……魔法と言われた方が、しっくりくるわね」


 ローズマリーが答えるとディリウスは首肯し、顎に手を置いて何かを考えている。


「どうしたの、ディル」

「ローズなら、もしかしたら開けられるかもしれないな」

「開ける? 何を?」


 首を傾げると、ディリウスは。


「開かずの扉だ」


 一言、そう答えた。

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