13話 開かずの扉
ローズマリーはディリウスに連れられて、北の祈り間というところへやってきた。王城には何度も来ているが、初めて入る場所だ。
すでに日は落ちていて暗く、カンテラの灯りは説教壇の上に置かれた。
今頃パーティではディナーを楽しんでいる頃だろう。本来なら二人もそこにいたはずなのだが。
「開かずの扉って、一体なんなの?」
ろくな説明も受けないまま到着し、ローズマリーは首を傾げる。
入り口以外には、どこにも扉があるようには見えない。
「ローズ。この壁に十秒手を置いてくれ」
「ここ?」
言われるがままに奥の壁へと手を置く。ディリウスも同じようにしていて、何をするのだろうと思ったその時。
手が、壁をすり抜けた。
「きゃあ! 何!?」
「これで中に入れる」
「意味がわからないわ!! 説明して!」
「大丈夫だ、俺も意味がわかってない」
「だめじゃないの!」
「いいから、入るぞ」
肩に手を回されたかと思うと、抱えられるようにして一歩進まされた。
そのままローズマリーの体は、ディリウスと一緒に壁をすり抜けていく。
真っ暗闇で何も見えないと思った時、いきなり燭台に火が灯されて、周囲が確認できた。さっきまで持っていたカンテラは、説教壇に置いたままだというのに。
「な、なんなの、ここ……」
ぞくりと体が震える。
暗い洞窟のような場所。しかし足元はちゃんと整備されていて、削られた石が敷き詰められている。
ディリウスはローズマリーの肩から手を離し、一歩前に進んだ。
するとその先の燭台がまた、ポゥッと勝手に火を灯している。
「……魔法、なの?」
「やっぱり魔法だと思うよな。それ以外に説明がつかない」
「誰の魔法よ」
「さぁ。俺じゃないことは確かだ」
「私でもないわよ。こんな魔法、知らないもの」
「わかってる。行こう、開かずの扉はまだ先だ」
「あ、待って!」
歩き出したディリウスの後ろ隠れるように、こそこそと着いていく。
燭台は進むたびに次々と灯され、行く先を教えてくれているかのようだ。
少し下り坂になっていて、ローズは気をつけながら進んだ。
「ここ……王族だけの秘密の場所ってこと?」
「今のところ、そうだ。兄上が王になって、俺たちの代になれば発表するも研究するも好きにしていいと言われてるけどな」
「まだイシリオン様は王子じゃないの! 私は入っちゃだめなやつでしょ!」
「ちょっと早いか遅いかの違いだろ。誰にも言わなきゃわからない」
「そうだけど……もうっ」
ディリウスが悪戯する子どものように笑っているものだから、ローズマリーも覚悟を決めるしかない。
しばらく歩くと、燭台が扉を照らした。
両開きの扉で、さして大きいものではない。装飾はあるが、見たことのないデザインだ。少なくとも、ここ数百年で作られたものではない、重厚さと古めかしさがある。
「これが……開かずの扉?」
「ああ。ある王はこの奥には知識があると言い、またある王は魔窟になっていると言った。この扉を開ければ満ち足りた世界がもたらされるとも、世界が滅ぶほどの厄災が降りかかるとも言われている」
「どっちなのよ!?」
「全部憶測だ。開けた者がいないんだからな。俺も色々試してみたけど、無理だった」
押しても引いてもスライドしても体当たりしても、壊そうとしても開けられなかったらしい。国王は接着されているのかと扉を炙ったようだが、効果はなかったそうだ。
歴代の王が色々試してきたのだろう。扉には傷一つついていなかったが。
「ディルはこの中に何があると思ってるの?」
「ここは唯一魔法が使われている場所だ。中には魔法に関する知識が封印されている……と考えるのが自然じゃないか?」
「確かにそうね……」
ローズマリーは首肯した。魔法は実在する。そして古代では普通に魔法が使われていたと、取り戻した記憶の断片でわかっている。
ではどうして現代では誰も使えないのか。それは魔法を封印されたからと考えるのが妥当なのだ。
「でも、誰がどうして魔法を封印しちゃったのかしら」
「さぁな。それも開ければわかるかもしれない」
「エメラルド化が魔法だとすれば、解除できる魔法もここにあるってことよね」
「そう思う」
ディリウスが色々と試したというし、物理的には無理だろう。
ローズマリーは扉に手を当て、魔法力を出す要領で〝開け〟と念じてみた。しかし扉は一向に開く様子がない。
「魔法でも無理か?」
「いいえ、多分魔法で開くわ。私の魔法じゃ合わないっていうか……専用の魔法があるんだと思う」
「まぁローズができる魔法は、三つだけだしな」
「でも、いつか絶対開けて……」
その決意を語ろうとした瞬間、扉の奥からコォオオオッという音が響いた。
地獄の底から響くような声に、ローズマリーの血の気は一瞬で引いていく。
「ちょ……っ! 中に何かいるわよ!?」
「そうらしい」
「そうらしいじゃないわよ! 言っておいてよ! 魔物なの!?」
「襲われたら斬るだけだ」
「どうしてこういう時だけ嬉しそうなのよ、ディルは!」
前世の弟も、レオナードもディリウスも、魔物を恐れていないわけではないはずなのに、戦うとなると生き生きしている節がある。
そういうところは全く理解できない。
「大丈夫だ。ローズはちゃんと守る」
遠い昔のレオナードとの約束を、ディリウスはちゃんと覚えてくれている。
なんとも言えない思いが湧き溢れてくるが、この感情に上手く名前はつけられなかった。
「どっちにしろ、今は開けられないわ。早く戻りま……」
扉に背を向けた瞬間、コォォオオオッとまた声が聞こえた。
ローズは思わずディリウスの袖を掴む。
「ローズ」
「べ、別に、怖くなんてないんだからね! 将来、
「はいはい」
そう言ってディリウスは引き返し始めた。
ローズはその袖をずっと掴んでいたままだったが、咎められることはなかった。
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