10話 罠

 治癒に続き、ローズマリーが新たな魔法を得たことは、あっという間に広まっていた。

 その分、噂される回数も増えていく。町を歩けば、ローズマリーを見た途端に目を逸らす者も現れた。

 今日はチャリティーガラパーティなのだが、こんな状況ではまともな社交などできないだろう。


(せっかくのパーティなのに……)


 ローズマリーは気を重くして息を吐く。

 有名な楽団や劇団を手配し、このガラパーティを主催したのは、イシリオンとディリウスだ。富裕層はパーティのチケットを買い、収益は孤児院や慈善団体に寄付される仕組みである。

 お茶会よりも純粋に楽しめるものが多くあり、最後のディナーも楽しみにしてた。

 しかし思った通り、パーティホールに着いても、誰一人としてローズマリーに話しかける者などいなかった。こちらから行こうとしても、一歩踏み出すごとに一歩下がられてしまい、まるでそこには見えない結界でもあるようだ。


(……誰とも話さなくてすむなんて、楽でいいわね)


 ローズマリーはそう思い直し、楽団の演奏も劇団の舞台も、一人離れたところで鑑賞していた。

 イシリオンとディリウスはスピーチや挨拶で忙しそうにしている。主催は大変そうだ。


(私が手伝えることは……ないわよね。面倒を起こさないように、何もせず黙っておくのが、ディル達のためだわ)


 自嘲するように心で呟き、ハッと息を吐き出す。

 一人なんて平気だと思っていたのに、実際に一人になるととてつもなく心細い。

 周りは先ほどの楽団の演奏や舞台の話で盛り上がっている。感動を共有し合い、交流を深めていくのだ。

 その交流の場には、当然あのイザベラもいる。高額なパーティのチケットを購入するのは貴族のステータスであり、イザベラが来ないわけがなかった。

 彼女の姿を見たくない、声も聞きたくないと思うと逆に目に付く上、鼻に掛かった高い声は否が応でも耳に入ってくる。


「心を読んで秘密を人に話しているらしいんですのよ」


「隠しているお金の在処までわかってしまうのですって!」


「あの不気味な赤目は、過去まで全部お見通しという話ですわ!」


 イザベラの言葉に、周囲はますますローズマリーを敬遠しているのがわかった。

 心を読まれるのが嫌なのは、誰しも同じだろう。しかし有ること無いこと言われては敵わない。

 否定しようと一歩近づくだけで逃げられてしまうし、令嬢が大声を張り上げるわけにもいかない。


(悔しいけど……ディルは変わらずに接してくれるんだし、そのうちみんなわかってくれるわよね)


 遠巻きにひそひそと話されると、聞こえずとも自分のことかもしれないと気になってしまう。勝ち誇ったように笑うイザベラを見るだけで、心がざわめき不安定に揺れた。

 これからディナーだが、理由をつけて帰ろうと思っていると、またイザベラが高らかに声を上げ始める。


「きっと、人の心を読むのが聖女の役割なのですわね。みなさま、お気をつけた方がよろしくってよ。何を言われるかわかったものではありませんわ」


 うふふと扇で口元を隠しながら笑っているイザベラ。

 その言葉をそっくりそのまま返したいと手に力を入れていると、ディリウスがいつの間にか彼女のそばに立っている。


「イザベラ嬢。いい加減にしてもらえるか」


 ディリウスが来てくれたことに、一瞬だけほっとした。しかしイザベラの評判を落としたくなくて声をかけたのだろうと気付き、胸は強く締め付けられる。


「どうしてですの? あのような女のそばに行っては、誰のためにもなりませんわ。ディリウス様もお気をつけくださいませ」

「俺とローズは幼馴染みだ。避けたりなどしない」

「まぁ、本当ですの? 心を読まれたとしても?」


 イザベラの言葉に、ディリウスはほんの少しぴくりと動き、言葉を詰まらせた。それを見たイザベラは、大きな声を上げながらローズマリーを見る。


「さすがディリウス様ですわ! 読まれて困るお心など、お持ちでいらっしゃらないんですもの! ねぇローズマリー?」


 こんな時だけ話を振ってくるイザベラに、睨みつけたい衝動を必死で抑えた。


(王族だって心暗いことはあるに決まってるじゃない。でもこれを言ったら、王族を貶すことになっちゃうから言えないわ……)


 ローズマリーは仕方なく、「そうかもね」とわざと小さな声で呟いた。なのにイザベラは、そんな声でさえも拾い上げてくる。


「ふふっ、そうでしょう? では、ディリウス様の心を覗いてみせなさいな!」

「は? どうしてそうなるの」

「ディリウス様が純然たる存在だと信じているならできますでしょう? まさか、信じてないんですの?」


 ここで魔法を使わなければ、王族に悪心があると言っているのと同じだ。そうなっては余計に面倒なことになってしまう。


(本当に魔法を使ったかなんて他人にはわからないんだから、適当に『王子に不純な心などなかった』と言えばそれで終わりよ)


 さっさと終わらせてしまおうと、ローズマリーはディリウスへと近づいた。

 周りにいた人達は、潮が引いたようにさぁっと逃げていく。


「ディル……ディリウス様、お手を」


 そう言って手を伸ばした瞬間。ディリウスの手はさっと逃げるように下げられた。


(……え?)


 驚いて確認すると、ディリウスは真っ赤な顔でローズマリーを見下ろしている。


(どうしてそんなに怒ってるの?)


 自分を信じていてくれていたはずのディリウスが、どうして怒っているのか理解できない。本当に心を読むとでも思ったのか。


「許可なくディリウス様に触れようなんて、不敬ですわよ! なんて恥知らずかしら!」


 ついいつものように触れようとしてしまった迂闊さを悔いたが、それより拒まれたことのショックが大きい。

 心を覗く気はなかったというのに。信じてもらえてなかったことがつらくて、怒らせてしまったことが怖くて。


「……ごめんなさい……っ」


 ローズマリーは耐えきれず、その場から逃げ出していた。

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