9話 新たな魔法
次々に脳内に流れ込んでくる過去の断片。それが合わさることで、徐々に記憶が鮮明になっていく。
(彼は……私の、弟……)
それは、二つ前の前世のようだった。
弟は幼い頃から森を駆け回って遊ぶ活発な子で、剣術の天才でもあった。
わずか十四歳で国内最強と言われるほどになり。
『姉ちゃん。俺、騎士団にスカウトされたんだ!』
誇らしげに笑う弟を、ローズマリーは止めなかった。
親は早くに他界し、姉弟二人で助け合って暮らしていた。
いつも弟は『いつか姉ちゃんに楽さしてやるからな!』と言ってくれていたのだ。
しかし、その弟が十八歳になったばかりの時。
魔物討伐に行った先で、光輝の英雄となって帰ってきた。
エメラルドになった弟を見せられ、周りからはおめでとうと笑顔で言われ。
そのまま、彼は王都の教会へと連れ去られていった。
誰も帰ってこなくなった家で、失意のどん底に叩きつけられたローズマリーは、一人立ち尽くし。
──女神を、深く恨んだ。
「ローズ、大丈夫か」
気がつくと、眉根に力の入ったディリウスが目の前にいる。
「ここは……」
「教会の控え室を借りた。病院に行った方が良かったか?」
「ううん、大丈夫……」
起き上がると、つつぅと涙が一筋降りていった。
あれはもう過ぎ去った話なのに、今受けた傷のように胸が痛む。
「ディル……聞いてくれる?」
「ああ」
首肯してくれるディリウスに、今思い出したことを話した。
「この時も……私は喜んでは──」
「わかった、言うな。ここは女神の教会内だ」
「……」
苦しさで喉を詰まらせていると、そっと頭に手をのせられる。
目を瞑るとレオナードに撫でられているようで、安堵の息が漏れた。
「……ありがと、ディル」
ローズマリーが笑みを見せると、その手は離れていく。
名残惜しいと思ってしまうのは、どうしてなのだろうか。
「それで、他には何かありそうか?」
「他に?」
「前回は魔法が使えるようになってただろ」
「あ、そう言われれば……」
新しい知識が頭の中に浮かんでいた。これまでは治癒しか使えなかったが。
「触れた人の心を覗く……魔法」
そう言うと、ローズマリーは控室を出て光輝の英雄達の元へ向かった。
右奥にいる、光輝の英雄の中でも一番若い男性。彼がさっき見た前世の弟だ。
凛々しくもまだ幼さの残る顔。誇らしげに、でも誰かを心配するような顔でそこにいる。
ローズマリーは彼に触れ、魔法を使った。しかし、彼からは何の心も読み取れなかった。
「何かわかったか、ローズ」
「いいえ……光輝の英雄に、もう心は……」
魔法を得ても、希望は見えない。悲しみを抑えながら、一縷の望みをかけてレオナードにも試してみる。
すると先ほどとは違い、微かに思いがローズマリーの中に流れてきた気がした。
「レオ様が……何か、訴えてる……」
「何をだ!?」
「……わからないわ。本当に微かな声でしか、わからなくて」
「他の者も試してみよう」
ディルの提案に、ローズマリーは光輝の英雄全員に魔法をかけていく。
すると、昔の光輝の英雄は聞き取れなかったが、近年増加した光輝の英雄からは微かに声が聞き取れた。砕けた英雄は無理だったが。
「最近の光輝の英雄達は、まだ生きてるってことか?」
「そう思うわ。でも昔の英雄が亡くなってるとも思えない……」
「女神はどうだった?」
「怖くて女神様には使ってないの」
逆に心を読まれてしまいそうで、躊躇したのだ。
やってみろと言われるかと思ったが、ディリウスは「そうか」と呟いただけだった。
城に行き、新たな魔法を手に入れたことを国王と研究者に報告すると、実験が行われることになった。
「俺は仕事だから離れるけど、大丈夫か」
「平気よ。こっちは気にしないで」
ディリウスがいなくなると、実験は始まった。
心を読まれるのをみんな嫌がったので、囚人や犯罪者を使って心の中を覗いていく。光輝の英雄と違って、はっきりと覗くことができた。
しかし吐き気がするほどの犯罪者特有の思考。
倒れそうになるも、研究者は支えようとするそぶりもない。触れて心を読まれるのが嫌なのだろう。
もちろんローズマリーは誰彼構わず心を読んだりしない。なのに恐れるように遠巻きで眺められると苦しくなる。
平気なふりをして実験を続け、本当に心が読める魔法を会得したと断定された時には、フラフラな状態だった。
(ディル……)
心で呼ぶと、仕事を終えたディリウスがちょうど戻ってきた。
「大丈夫か、ローズ。あんな奴らの頭の中を覗かされて……」
「……平気よ」
強がってはみたものの、犯罪に快楽を得る者の心を思い出してめまいがする。
「ローズ!」
すかさずディリウスが支えてくれ、いつもと変わらぬ瞳に目を向けた。
「私に触れられるの……? 心を読む私が、嫌じゃないの?」
「ローズは興味本位で人の心を覗くなんてこと、しないだろ」
「光輝の英雄を覗いたわ……」
「俺が試せと言ったんだ」
その言葉と同時に、ふわりとローズマリーの体が浮いた。
イザベラがされていた姫様抱っこを自分もされているのだと気づき、顔が熱くなる。
「ちょっと、いいわよ……歩けるわ!」
「気になるのか?」
「当たり前でしょ、私重いのよ!」
「ローズが気を失うたびにこうして運んでる。今さらだろ」
「あ……」
考えればすぐにわかることだというのに、気にも止めていなかった。
ありがとうとお礼を言うと、ディリウスはほんの少し目を細めて笑っていて。
ローズマリーの鼓動は、意に反して大きくなる。
── ローズは興味本位で人の心を覗くなんてこと、しないだろ──
その言葉を反芻して、けど素直に嬉しいとは言えなくて。
(ありがと、ディル……)
ローズマリーは心の中で、もう一度お礼を言った。
この心をディリウスが覗いてくれたらいいのに……そう思いながら。
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