7話 侯爵令嬢はなぜか嫉妬する
聖女となって一ヶ月。
現在、ローズマリーは激しく嫌気が差していた。
来たくもないブライアー侯爵家の茶会に呼ばれ、仕方なく出席しているのだが。
「ぷふっ。あなたが聖女? 女神様も時には間違いをなさるのですわね」
もう二十回はこの話を聞いていた。ブライアー侯爵家の令嬢イザベラは、ローズマリーのスカライザ侯爵家と勢力を二分する貴族だ。彼女はなぜか、事あるごとにローズマリーに突っかかってくる。
(自分が一番じゃないと気が済まないのかしら、イザベラって)
穏やかな気候で青い空の下、美味しいものに囲まれて、どうしてこんな話をされないといけないのか。
同じ侯爵家でもブライアー家の方が格が上だの、王家に貢献しているのは自分の方だの、友人が少ないあなたは可哀想だのとマウントをとってくるのだ。
ローズマリーはまったく興味がないので、『そうね』と一言返すだけなのだが、それがまた癇に障ってしまうらしい。
聖女になる前まではそれほどしつこくなかったので、ローズマリーも受け流していたのだが、最近のイザベラの行動はさすがに目に余った。
それほどまでに、聖女に認定されたローズマリーが気に食わないのだろう。
王族と結婚するのではないかという噂まで立っていて、それが拍車をかけているのかもしれない。そんな事実はないのだが。
今日のお茶会は人数が多いため、立食形式だから自由に動き回れる。しかしどんなに逃げても嫌味を言われるのだ。
げっそりしてもう帰りたいと思っていたら、急にわっと周りの声が上がった。
「イシリオン様とディリウス様よ!」
令嬢達の黄色い声に、イザベラも「いらっしゃったのね!」と鼻に掛かった声でディリウスたちの方へと向かっている。
(ようやくいなくなったわ。これで食べられる)
テーブルに並べられた軽食やお菓子。どれを食べようかと目移りしてしまう。
「ディリウス様! お忙しい中、私のためにお越しくださって嬉しいですわ!」
「イザベラ嬢……招待に感謝する」
ちっとも感謝していなさそうな言葉が聞こえて、ローズマリーは思わず吹き出しそうになった。
(ディリウスもこういうのは苦手だものねぇ)
対するイシリオンは、にこやかな表情を崩すことなく、群がる令嬢達を相手にしている。
もちろん第二王子派の令嬢もいるが、第一王子ほど数は多くない。いつもイザベラがつきまとっているので、他の令嬢は引いているだけかもしれないが。
「うふっ。わたくしがディリウス様のおもてなしを担当させていただきますわねっ」
「いや、必要ない」
「えっ」
無下に断ったかと思うと、なぜかディリウスはローズマリーの方にやってきた。
ようやくケーキにありつけたところだったのにと、目の前のディリウスを見上げる。
「なんでこっち来るのよ、ディル。イザベラがすごい顔してるんだけど」
「帰りたい」
「来たばっかりでしょ、少しはイシリオン様を見習いなさいよ。私だって帰りたいのを我慢してるんだから」
説教をするも、まったく改善する様子の見られない表情だ。全身から帰りたいオーラが出てしまっている。ディリウスらしいと言えばディリウスらしいのだが。
「ディリウス様ぁ!」
イザベラがめげずにやってきた。甘い声を出しながら、ローズマリーとディリウスの間に割って入ってくる。
「あちらにシェフ自慢のプディングケーキを用意しておりますのよ!」
「いや、俺は」
「さぁ、こちらですわ!」
イザベラは無理やりディリウスの腕をとり、引っ張るようにしてディリウスを連れていってしまった。
さすがに侯爵令嬢を振り払うことはしていなくてほっとする。
(ディリウスには、あれくらい強引な人の方がいいのかもね。私はイザベラが苦手だけど、案外二人はお似合いなのかもしれないわ)
そう思った瞬間、心の奥底から苦い感情が溢れた気がして、顔を歪めた。
(……ディリウスに釣り合う家柄で年の近い人って、イザベラくらいだもの。私はレオ様と結婚するんだし)
自分の心を納得させようとしていることが不可解で、どうにも居心地が悪い。
胸がやけにチリチリと不快な痛みを発している。
(もう、考えるのやめ! 食べて食べて食べまくっちゃうわよ!)
気を取り直してテーブルに目を向けると、ちょうど手に取りやすい位置に赤い宝石の付いたブローチが置いてあった。
(何これ? どうしてこんなとこにブローチが?)
大きくてデザイン性も高くて立派な物だ。誰かの忘れ物だろうかと、つい手に取って眺めてしまった。その瞬間。
「あら、そのブローチはマルグリートの物じゃない!? ローズマリー、あなた盗んだのね!!」
すごい剣幕でやってきたのは、イザベラだった。謂れのない疑いをかけられて、ローズマリーはむっと口をへの字にする。
「盗んでないわ。ここに置いてあっただけよ」
「よく言いますわ! さっきあなたがマルグリートのブローチを見て、『あんなのが欲しい』って言っていたのを、わたくしはこの耳でちゃんと聞きましたのよ!」
「そんなこと言ってない」
「早く返し……きゃあ!」
イザベラはローズマリーに手を伸ばしたかと思うと、大袈裟に叫んだ。と同時に、勝手に倒れて尻餅をついている。
一人で何をやっているのかとポカンと見ていたら、イザベラの目からぼろぼろと涙がこぼれ始めた。
「酷いですわ! 突き飛ばすなんて!」
「……は?」
「自分のやったことを認めなさい! 仮にも聖女と呼ばれていて、嘘などついていいと思っているのかしら!?」
泣きながら立ち上がったイザベラはローズマリーを糾弾し始め、頭に血がどんどん昇ってくる。
(とりあえずぶん殴ってやりたいわ!!)
そう思うも、手を出しては相手の思う壺だ。ローズマリーはグッと
「こんな人が聖女だなんて、世も末ですわね。ねぇみなさん、そう思いませんこと?」
勝ち誇って言い放つイザベラに、二つの人影が近づいていた。
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