6話 探せ、解除の方法を

 レオナードが光輝の英雄となって六年後、ディリウスは騎士団に入った。騎士団長は当然別の者になっている。

 ディリウスの、レオナードと共に魔物と戦うという夢。それはもう叶わなくなっていた。


 ディリウスは叔父を誰より尊敬している。

 強くて、明るくて、優しくて、見た目にも格好良くて、太陽のような人だった。

 人を惹きつけ楽しませる才能の持ち主で、誰も彼もがレオナードに魅了されていたのだ。

 己の好きな人でさえも。


 自慢の叔父であると同時に、ディリウスは嫉妬してしまっていたのも確かだった。

 レオナードの凄さは、本人の努力の賜物であることはわかっている。

 せめて剣の腕だけは負けないようにと、毎日のトレーニングを欠かしたことはない。

 けれど、光輝の英雄となったレオナードは、ある意味神格化されていた。たとえ彼より強くなっても、認められはしないだろう。それがなにより悔しい。勝ち逃げされた気分だ。

 優秀だった叔父を、いつかは全て超えてやろうと思っていたのに。


「……けど見た目はどうしようもないか」


 ローズマリーを家に送り届けた後、ディリウスは自室の鏡を覗いていた。

 燻んだ灰色の髪に、冷たい氷のような瞳。

 両親も兄も叔父も、みんな華やかな金髪で鮮やかな瞳を持っているのに、自分だけが異質だ。おそらく隔世遺伝だろう。

 第一王子があのような風貌でなくて良かったと、誰もが口を揃えて言っているのを知っている。

 ローズマリーだけは霧雨のように綺麗な髪だと、透明感のある空色の瞳が素敵だと言ってくれたが。


 そのローズマリーは、物心ついた頃から今もずっと、レオナード一筋である。

 レオナードが光輝の英雄となった時は、ローズマリーだけが泣いていた。

 もちろんディリウスも、叔父がいきなりエメラルド化した時には面食らったが、それだけだ。

 この国では、光輝の英雄は素晴らしい誉だと教育されている。だから誰もが喜び、泣いたりなんかしない。それが普通だ。

 レオナードがエメラルド化し始めた時は、叔父ならば当然という気持ちもあったし、心のどこかでホッとしてもいた。

 これでもう、ローズマリーがレオナードと結婚する可能性はなくなるのだと。


(まぁ、あいつはまったく諦めなかったわけだけどな)


 当時の浅はかな考えに、ディリウスは一人苦笑する。

 正直、ローズマリーが泣いていた意味が、ディリウスにはわからなかった。

 けれど、あれだけ泣いているのを見ていると違和感に気付けた。これは理不尽なことなのだと。


(優秀な人材がエメラルド化することで、国は不利益をこうむっている)


 実際、レオナードが光輝の英雄となった後、騎士団は混乱した。これが魔物討伐の最中だったなら、負けていたかもしれない。

 他にも優秀な者ばかりが光輝の英雄となっていて、経済的・社会的・政治的影響は計り知れない。本来活躍するはずだった者が、ある日突然動けなくなってしまうのだから。


 レオナードがエメラルド化してからも、騎士団から光輝の英雄が誕生している。

 その度に魔物と交戦する力が低下するのだ。

 もしこのまま英雄が増え続けば、ジリ貧になるだろう。女神のせいで、この国は滅びてしまう未来があるということだ。


(なんで女神はこんなことをする? 気に入った者を次々に奪っていいと思ってるのか?)


 こんな疑問は、泣き叫ぶローズマリーを見なければ浮かばなかったことだ。

 ほまれだと信じて、理不尽さなど感じなかったに違いない。

 今は次々と英雄が砕けていき、ディリウスは女神に不信感すら抱いていた。

 レオナードがエメラルド化したのは百歩譲って許すとしても、砕け散るのはさすがに許せない。なにより、ローズマリーの落ち込む姿など見たくはない。


 対策を考えていると、父王であるアルカディールから北の祈りの間へと呼び出しがかかった。北の祈りの間は、奥まっていて誰も利用しない場所だ。

 訝りながら向かっていると、途中で兄のイシリオンと一緒になった。

 北の祈りの間に進むにつれ、長い廊下は徐々に暗くなっていく。

 いつもと違う空気を感じながら、二人は祈りの間に足を踏み入れた。


「来たか、イシリオン。ディリウス」

「お父様。こんな城の端の祈りの間で、一体どんなご用が?」


 イシリオンに続いてディリウスも中へと入る。

 普通祈りの間には女神のレプリカが置かれているのだが、ここにはない。

 説教壇がぽつんとあるくらいで、椅子すらもないのだ。だからここは誰も使用することがない。

 掃除はされているので部屋は綺麗だが、どこか空気が澱んでいる気さえした。


「ディリウスも二十歳を過ぎた。これから二人に伝えねばならぬことがある」

「なんでしょうか、父上」


 親子でいる時はいつもにこにこと明るい父が、今日は大真面目な顔をしている。


「ついて来い」


 そう言って、説教壇の奥の壁へと向かって進む国王。何をするつもりかとついていくと、アルカディールは壁に手を置いた。


「手を動かさず十秒待つだけだ。さすれば中に入ることができる」

「「……は?」」


 もうボケてしまったのだろうかと、ディリウスは兄と顔を見合わせる。

 そうこうするうちに、アルカディールが壁の中へと消えてしまった。


「お、お父様!?」

「父上!!」


 壁の中へ消えるなんて尋常じゃない。

 もう一度顔を見合わせて頷くと、二人は壁に手を当てて十秒待った。

 すると壁は見えているのに、壁の感触が消えて手首から先が見えなくなる。


「行こう、兄上」

「ああ」


 二人は意を決し、壁の奥へと進んだ。

 中では両開きの扉の前で、アルカディールが兄弟に向かって口を開く。


「ここは、開かずの扉だ」


 見たことのないデザインの、重厚さと古めかしさがある扉。

 奥からは、コオォオオッという不気味な音が響いていて。

 あるはずのない冷たい風が、体にまとわりつく。

 そんな中でディリウスは、一人笑っていたのだった。

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