〈第2話 妹がねむデレの場合〉


(夜のリビング。ソファに座り、ゲームをしてる兄。後ろでは食卓で妹がスマホをいじっている〉


(着信音)


(途端に背を向けて通話に出る妹)


「……もしもし。……リノちゃん? うん、大丈夫だよ」


(背を向けたまま少し離れ、通話を続ける妹。いつも通り内向的ながら普段はみせない機嫌のいい声色で話す)

(なんとなくだが、女子っぽい高音の声が漏れて聞こえてくる。兄は人知れず配慮してゲームの音量を絞る)


「おつかれさま。……まぁ、今回の中間、全体的に範囲広かったから、ふああ……」


(ちょいちょいあくびをしながら通話をする妹)


「……わかるー、うんうん。……わたしも、今週ほとんど徹夜だよ、ふあああ……」


「うん、眠い……。今日こそは寝る……。今日こそはちゃんと……」


「ねー。……うん、いいよ、じゃあまた今度ね。……うん、ありがとう、バイバイ」


(通話が切れた音がする。しばらく機嫌が良さそうな吐息が聞こえたが)



「…………何見てるの、兄さん」


(スイッチが入ったように、いつもの塩対応に戻る)


「……見てた。……通話を盗み聞きするのは、人としてどうかと思う……」


「……それより私、試験中観るの我慢してた映画があるの。……私の部屋サブスク映せるテレビないし、大画面で見たいから、兄さんのゲーム、部屋でやってもらえないかな?」


(移動を渋る兄に、妹が顔をしかめて)


「いつも兄さんがここを占領してるんだから、……たまには私が使ってもいいと思う」


(兄はしぶしぶソファを明け渡す。ボフ、と妹がソファに座り、)


「……邪魔だから、はやく行ってよ……。……う、兄さんが座ってたとこ、なんかジメジメ……」


(妹がテーブルにあった布巾で、ソファをゴシゴシ拭きはじめる。ショックを受けた兄が傷心でリビングを出る)




◇◇◇




(夜、両親が寝静まったころ、兄はトイレに起きる)

(トイレを流す音)

(ふとリビングがまだ明るいのを見て、扉を開ける)


「…………」


(テレビの画面には映画のエンドロールがひたすら流れている)


「……すぅー……」


(近づいてみると、妹がソファに横になって眠っている)


「……すぅー、すぅー……」


(起こすかどうか迷ったが、兄は肩を揺すって起こそうとする)


「んん、……もーなに、……んー、……はれ?」


(一応身体を起こしたが、妹は完全に寝ぼけた様子)


「……えいが、……おわってた……、んー、今なんじー?」

「そんなに、おそいじかん、なの、……じゃあ、もうそろそろ寝なきゃらから……」


(言いながら、再び寝転がろうとする妹を、兄が隣に座って阻止する)


「んー、なんれー? ベッドで寝なきゃダメー? ……んー、……ここがベッドだもんー」


「違う? ……しかたないなぁ、じゃあ移動する……」


(衣擦れの音をさせながら、妹が移動した先は、兄の膝の上)


「……んんー、ふぁあ……。……じゃあ、おやすみ。すぅー……」


(自分の股間辺りから聞こえる音声に、兄が動揺する)


「……もー、揺らさないで、……眠れない……」


(体制を続けようとする妹を、兄が阻止して肩を抱き上げる)


「あ、や……ッ?」


「……眠っちゃ、だめ? ……へやの、ベッド?」


「……わかった。……ちゃんと移動する……から」


(油断して手を放す兄。しかし、今度は妹が手を広げて)



「じゃあ、……兄さん、だっこして……?」



(当然動揺する兄、妹は気にせず可愛くおねだりを続ける)


「……だっこしてー……」


「……じぶんじゃ、あるけない……兄さん、だっこ」


「……だーっこ♡」


「もー、眠いんだから、はやくー……」


「え、……ししゅんきのじょしにふれるのは、たとえいもうとでも……って。……兄さんよくわからないこと言ってる……」


(なおも狼狽えている兄を、妹は寝ぼけ眼で見つめ)


「んー……」


「あ……そういうこと?」


(何かを思い当たったような声を出し)


「……兄さん、ちょいちょい」


(手招きされるがまま、兄が妹の口元に耳を近づけると、ささやき声)



「……さわっても、いいよ?」


「……兄さんなら、いい♡」



(たどたどしい口調の囁き声が、兄の耳に伝わり、思わずまじまじと妹を見ると)


「……ん」


(頬を赤らめて見上げる眠そうな妹。両手を広げて甘えるその姿に、兄は勘弁したのか手を伸ばして抱き上げる)


「……あ、……兄さんッ」


「……ッ」


(衣擦れの音をさせながら、お姫様だっこの体制に姿勢を入れ替える。兄の首に妹の腕がギュっと回された)



◇◇◇



(抱っこのまま部屋を出た兄は、妹を抱えながら階段を一歩ずつ上る)


「……っ」


「……っ」


「……んっ」


(一段上るたびに、妹の熱い吐息の音だけが、耳に届く)


「にい、さん……」


「まだ……?」


「つい……た? ……ッ」


(ガチャと兄がドアノブを開き、片手を離した分、妹の腕にも力がこもる。そのまま何歩か歩くと)


「…………あ……ッ」


(ボフ、とベッドに半ば倒れこむ二人。そのまま、超至近距離で)


「……強引、……力強い、……兄さん、……男の子……」


(妹は頬を赤くしたまま、とろんとした視線で口ごもった呟きをする)


「……兄さん、息が荒い……」


「そんなことない? ……でもバランス崩さないように、……ずーっと気を付けてくれてた」


(ぎこちなく肯定する兄。妹は嬉しそうにほほ笑む)


「……優しいね、兄さん。……でも、もうひとつだけ……お願いしてもいい?」


(肯定する兄。妹は少しだけ恥ずかしがる素振りをみせてから)


「……眠るまでこのまま……ダメ……?」


(同じように恥ずかしがる兄だが、再びぎこちなく肯定する)


「……やっぱり、優しい……兄さん」


(兄の胸に顔を埋める妹。途端に言葉がたどたどしくなり)


「……兄さん……おやすみ……なさい……兄……」


「……すぅー、……すぅー…………、すぅー……」




◇◇◇




(翌朝。妹の部屋の前を通りすぎようとすると、ドアが少し開いていて、妹の声が漏れてくる。どうやら再び通話中のようだ)


「……うん。それがね、リノちゃん、……私、我慢できずにあの映画観ちゃったんだよね。……うん。普通に面白かった。……まぁ、最後は寝ちゃったんだけど……」


「いや、そうだけど。……うん、うん。……そうだね。……うん。そしたら、また後でね」


(通話終了の音)


「……兄さん、そこにいる?」


(バレたことにぎくりと驚く兄。妹が呆れたように扉を開けて)


「……また盗み聞きしてる。……兄さん、覗き? 盗聴癖? ……ちょっとどうかと思う」


「……ま、別にどうでもいいけど。……え、何、昨日?」


「……昨晩はよく眠れたか、って?」


「別によく寝れたけど、……なんで兄さんがそんなこと訊くの?」


「特に理由はない、……えっと、……ならホント……なんで訊いたの?」


(昨日のことを覚えているか探りたかったが、上手くいかず兄は笑ってごまかす)


「……じゃあ、閉めるから」


(ドアノブに手をかけて、妹が扉を動かす。閉まる寸前、妹が手を止めて)


「……」


「……よく……眠れた……いさん……のおかげ……」


(兄が聞き返すと)


「……なんでもない」


(閉めかけのドアが、強めにバタンと閉じた)




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