第2話 言語化する能力とは
ファンタジー作品は、書き手が自由に設定できる仮想世界である。
魔法があって、伝説の武器を使い魔物を斃す。魔王が世界を征服しようと企み、それを阻止せんがために勇者が立ち上がる。
出会いと別れを繰り返し、仲間と苦楽を共にして、涙と笑いと感動によって成長し、一つの世界を作り上げる夢のようなストーリーが展開されるのだ。
憧れるよね~。(本当か?)
がしかし、ちょっと待ってほしい。
あなたの考えた設定、ちゃんと相手に伝えられてる?
私は料理人である。
新人教育を任されることもある、ベテランと見なされる立ち位置だ。
教育とは何か。それは教え、育てること。読んで字の如く。それ以上でもなくそれ以下でもない。
しかし昨今の若者は、判らないことが判らないために、何を教えてほしいのか伝えられないことが多いそうだ。
「何かわからないことがあったら聞いてね?」
「あ、はい……」
そして何も聞かないまま作業をし、当然の如く失敗する。
「どうして失敗したか判る?」
「教えて貰ってません」
「判らないなら聞いてって言ってあるよね?」
「判らないことが、判りません」
絶句である。
え?でも、何も判らないのにいきなりさせたから失敗したんじゃないの?と思われるかもしれない。だが待って欲しい。
前もって作業工程を見本として見せているので、教えていない訳ではない。
百聞は一見に如かず。言葉で説明したところで実際に理解出来る訳もないので、確りお手本を見せているのだ。
有名な軍司令官である、山本五十六の名言がある。(コレ、新人教育研修で必ず出てくるんだよ)
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば、人は動かじ。 話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。 やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」
しかしながら、「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ」までしか進まないのが、新人教育というものです。
褒めたくても褒めるところがないんだもん!!
任せられるところまで進まないんだもん!!
がしかし、こればかりはどうしようもない。一度見ただけでやれるかどうかは、本人の能力によるものだからである。
なので「何か判らないことがあったら聞いてね?」と、前置きしておくのだ。
だがしかし。
「ちゃんと教えてる?もしかしたら、教え方に問題があるんじゃないの?君、口調が早いから、聞き取れないんじゃないの?」
全部が全部、私の手落ちとして処理され、新人には何のお咎めもないのが昨今の風潮なのだ。
しかも私の口調にケチまでつけてきやがりましたよ、このクソ上司野郎め!
新人の声の小ささに
「もっと大きな声で言ってくれるかな?色んな音があるから(厨房内は様々な調理機器が動いているので煩い)ちょっと聞き取り辛いんだよね」
と言えば、何故か物凄い近距離で話しかけてくるようになった。
お 前 は 何 を 聞 い て い た ?
エマージェンシー、パーソナルスペース!エマージェンシー、パーソナルスペース!!今私、めっちゃパーソナルスペースが侵食されてるんですけれど!?
適切な距離を保ってお願いっ!!
何故大きな声で話さず、近くによって耳元で囁くのか……。
しかもこっちが作業に集中している時を狙いすまして、背後に立って耳元に囁くから、めっちゃくちゃビビるんですけど!!!嫌がらせか?!
頼むよ。こちとら老い先短いご年配なんだからさ~。心臓に悪いことはヤメテヨ。
君らのせいでとははっきり言わないけれど、ストレス性難聴で耳の聞こえが悪いんだって。加齢によるものかもしれんけど、医師の診断ではストレスが原因らしいよ?
でまぁ、私がストレス性難聴で、耳の聞こえが突然悪くなることもあるので、大きな声で話しかけて欲しい旨を伝えてみた。(大体上司や新人ちゃんと話していると唐突に、水の中に入ったような、耳が塞がるような感じになる)
だが予防線を張るために一言付け足しておく。
「最近難聴気味で耳が聞こえない時も多いから、もし声をかけて返事がなくても、無視している訳じゃないからね?そこだけは理解してね?」
と。言っておいたのだけれど。
「あのねぇ、新人ちゃんが、君に声をかけても無視するから怒ってるんじゃないかって、仕事が辛いって相談されたんだけど?そういうの困るんだよね」
またもや絶句である。
しかもこのクソ野郎―――おっと。クソ上司野郎にも、医師の診断によって『ストレス性難聴』であることは伝えてある。
病気を理由に、健康上仕事を続けるのは困難であるとし、退職する者が後を絶たないから、私にも何か健康面で不安はないかと訊ねられた時に伝えてあるのだ。
だがどっちもどっちである。
聞いたくせに覚えてないし、忘れているくせに人のせいにするのである。
理不尽この上なく腹立たしい限りだ。
だから私もいつか、ここを去って行った先輩や同僚と同じく、この職場を見限ってやろうと企んでいる。
その時は皆私に縋り付き、許しを乞うがいい!ざまぁっ!!―――なんてね。
でまぁ、伝えていた症状や病状についてなんですが。
もしかしたら、『ストレス性難聴』という病気を、この無知蒙昧な者共がご存じでなかったのかもしれないと、ふと気付いたのである。
多分『難聴』という言葉そのものを知らない可能性が微レ存。
症状的なことは伝えてあったんだけどね。もうこう思うしか、私の心の平穏は保たれないので、無理矢理そう納得することにした。
何が言いたいかって言うと、言語化する能力とは?である。
難しい言葉や、意味不明な言語をいかに相手にわかりやすく説明して伝えるか。
自分は知っていても、相手は知らない可能性が高い。
であれば、自分の考えた世界設定をどう相手に理解させるか。
興味を持たれるにはどう工夫すればいいか。
難しい設定だけど、これだけは伝えたいのにと思っても、相手がスルーしたくなるような文章や言葉で語り掛けてはいないか。
ちゃんと説明したのに、理解してもらえない!!と、嘆いていませんか?
それはね、たぶんあなたの説明の端々に、理解できない賢そうな言葉が羅列されてるからだと思うよ?
こんなの義務教育を受けていれば判るようなもんじゃん!と、怒ってはいけない。
何せ相手はあなたの話を真剣に聴いていない可能性があるのだから。
学んだことがあるから覚えているだろうって?んなこたぁない。数分前に説明したことすら忘れる人間の多さを、もっと知るべきですよ。
昨日、何やったか覚えてる?(仕事内容の話である)
え?覚えてない?(罪悪感の欠片もない顔しとる)
そっか~。(こいつはサボテンと同じ、IQ2ぐらいしかないと思おう)
これぐらいの気持ちでいないと、心が折れるからね。
何度も何度もしつこく教えるより、興味を持たれる工夫をしなきゃいけないのは、小説も教育も同じなんだなぁと学んだ、リアル・ノンフィクションです。
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