12:放課後鬼ごっこ!?

 放課後、校舎の片隅。

 私は一人、あてもなくさまよっていた。

「……迷ったわ!」

 今日は部活がないから、校舎の探索でもしてみようと思ったのだけど……よりによって、人の少ないところに来てしまったみたい。

 中学校にも、こんなに静かな場所があるものなのね……。

『そんな自信満々に言ってどうするんですかぁ、姫さま』

「どうもしないわよ。見栄を張ってるだけ」

 そんな会話を一人で繰り広げながら、歩いていると……。

 廊下の真ん中、床に何かが落ちているのに気づく。

「……ん? 何かしら」

 近づいてみると、それは平たい箱のようだった。表面には『透明水彩 二十四色セット』と書かれている。

「あら? これって、もしかして……!」

 綾瀬先輩がなくしたっていう『色いっぱいある』絵の具の箱じゃないかしら。普通の生徒が持っているのは、だいたい十二色セットだものね……。

 でも、どうしてこんな場所に?

「まあでも、とりあえず……」

 拾って、先生に届けることにしましょう。そう思って手を伸ばしたとき――ひょい、と誰かが絵の具箱をかすめ取った。


 それは、あの――魔女の仲間だった。


「……えっ」

「……」

 ぱちんと目が合う。

 しばらくの沈黙の後――魔女の仲間はくるりと後ろを向いて、駆け出した。

 さては、逃げる気ね!?

「■■■■■~!」

「あっ……ちょっと、待ちなさい!」

『捕まえましょう、姫さまっ!』

 魔女の仲間は絵の具箱を抱えたまま、廊下を突き進み、ぽてぽてと階段を勢いよく下っていく。手足は短いのに、その動きは軽やかだ。

「って……これじゃまた不毛な追いかけっこよ!?」

『そうですよ! 姫さま、体力ないんですからあ!』

「余計なお世話よリトルテディ!」

 『ダブグレー』のときと似た展開だ。ただ追いかけ続けるだけでは、捕まえることは難しい。

 今回はネロくんもいないし、挟み撃ち作戦も使えないんだもの。

(っ、でも……今の私には『これ』がある!)

 今の私は、魔法のチカラが使えるんだ!

 走りながら、急いでパレットを開いて――緑色に、黄色と黒を一撫でずつ。

 作ったのは『アイビーグリーン』だ。

「トリドリ・イロドレ・イロドリカっ! ツタよ、あの子を捕まえて!」

 そう叫びながら、筆を前に向けて滑らせる!

 筆先から緑の線が――みずみずしく伸びるツルへと変わって……。

「……■■■■■!」

 しゅるしゅると、足に巻きつく。

 魔女の仲間はバランスを崩して、ずしゃっと転んだ。抱えていた箱が床に落ちて、絵の具のチューブがばらばらと転がる。

「よし! 捕まえたわよ――」

「……は? 何?」

「あっ」

 魔女の仲間を捕らえた、階段の踊り場。そこには――古屋くんがいた。

 あれ? 魔女の仲間とか、魔法のチカラとか、あまり見られちゃいけないものじゃない?

 校舎のすみっこの、人気のないあたりだから、完全に油断してたわ……。

 古屋くんは、怪訝そうな表情で私の方を見る。

「こんなところで何してるの。ってか、何こいつ」

「ええっと……その……」

 な、何てごまかせばいいのかしら。

 私が言葉に詰まっている、そのスキに――魔女の仲間が、がばっと杖を振りかざして、何かを叫んだ。

「――■■■■■!」

「え?」

 ――バシャン!

 バケツで水をぶちまけたような音が、響いた。

 でも、廊下の床も古屋くんの体も、濡れた様子はない。

「――……」

 ただ……古屋くんが『何か』された、それは間違いない。

 たぶん、あれも魔法よね。一体何をしたんだろう。ぱっと見ただけじゃ、よく分からないけど……。

「――色が、ほしいのだ」

「……え?」

 低くかすれた声が、やけにおごそかな雰囲気をまとっていて……私は耳を疑った。

 ううん、声だけじゃない。

 古屋くんの、少し色素の薄かった瞳は――光のない、うつろな黒色に変わっていた。

 世界の色が、一切映っていないかのような……。

「――我らは『黒』。ゆえに、色を求める。鮮やかな色を、まだ見ぬ色を」

「古屋くん……?」

「――我らが望むのは、ただ、それだけなのだ……」

 そう言いながら、ゆらり、ゆらりと私に一歩ずつ近づいてくる。

『姫さま! このヒト、明らかに様子がヘンですよう!』

 まるで、鬼ごっこの鬼にじりじりと近寄られているような気分。

 追いかける側と追われる側が、逆転してしまったみたいだ。

(ど、どうしちゃったの……?)

 私は混乱したまま、踊り場の角に追い詰められてしまう。

 どうしよう、どうすればいいの……? 湧いてくる恐怖に耐えきれず、ぎゅっと目をつぶってしまおうかと思った、そのとき。

 少し開いた窓から――素早い、黒い影が飛び込んできた。

「――咲良!」

 黒い鳥――の姿のネロくんに、アクアちゃんが乗っている。

 ……なんていいタイミングで! 今、一番来てほしかった助けだわ!

「さては緊急事態だな!?」

「そ、そうなの! 古屋くんが魔女の仲間に何かされちゃって、それで様子がおかしくて……!」

「なるほど、了解だ! ……ネロ!」

「うん!」

 二人は息の合った返事とともに、私たちの間をひゅんっと横切って、古屋くんに接近すると……。

「ほっ!」

 かけ声とともに、その頭の上へ、ぴょんっと飛び移った。

 そして、凜とした声で呪文を唱える。

「――トリドリ・イロドレ・イロドリカ! さあ、『透明』になれ……!」

「!」

 その途端、ぷつんと糸が切れるように、古屋くんの体から力が抜けた。

 そして、アクアちゃんが押さえている頭のてっぺんから黒いインクが、上に向けて滴るように立ちのぼっていく。

 しゅわしゅわと、炭酸の泡のような音を立てながら、それはだんだん薄くなり――。

「よぉし! きれいさっぱり浄化したぞ!」

「す、すごいわ……」

「ふふん、何せアクアちゃんは女神様だからな! チカラを失ってても、浄化なら得意分野なのだ!」

 びしっと胸を張るアクアちゃん。そのドヤ顔が何とも頼もしい。

「二人とも、来てくれて助かったわ。どうしてここが分かったの?」

「また魔女の仲間が出るんじゃないかと思って、アクアちゃんと一緒に空から見回りをしていたんだよ」

「そしたら、窓から咲良の姿が見えてな!」

「……! そうだ、魔女の仲間……」

 はっとして、周りを見回す。

 床には絵の具が散らばっているだけで――あの魔女の仲間は、こつぜんと姿を消していた。

「あ! 逃げたわね!?」

「……ということは、さっきまでここにいたってことだね?」

「そうなのよ、実は……」

 私はここまでのことを説明した。あの魔女の仲間が、絵の具箱を持って逃げようとしたこと。『アイビーグリーン』のチカラでそれを阻止したけど、古屋くんにその様子を見られてしまったこと。それから、魔女の仲間が『何か』したことで、古屋くんの様子がおかしくなってしまったこと……。

 なるほど、とネロくんがうなずく。

「……それで、アクアちゃんが浄化を行ったら、黒インクが出てきた……ってことは」

「あの少年は、黒インクを通して魔女の仲間に操られていたんだろうな」

「あ、操る!? そんなことまでしてくるの!?」

 やっぱり、かわいい見た目にだまされちゃいけないわね。とんでもないチカラを使ってくるじゃないの……!?

「サクラたちが使っている『色彩魔法』は、もともと『色のチカラを操る』魔法だからな。色のチカラをうまく使えば、一時的にヒトを操ることもできなくはないはずだ」

「そうなのね……?」

「ただ、そのためには純度の高い『色』のチカラが必要になる。そうホイホイ使えるものじゃないだろうな」

「状況からして、咲良から逃れるために必死だったのかな?」

 あっちもあっちで、なりふり構っていられなかったのかもしれない。

 ……いや、だからって、一般人を操るのはやりすぎよ!

 とりあえず被害が出ずに済んだことに、ほっと安心した私だった。

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