7:王子様in中学校!?

「んーっ……」

 給食を食べ終わって、昼休み。

 今からは何をしようかしら。お絵描き……をするには教室は少し騒がしいわね。学校をぶらぶら歩くとか、図書室に行ってみるのもいいかも。

 そんなことをのんびり考えていた私のもとに、声が届く。

「――咲良」

「!!??」

 なじみのある制服に、見覚えのある顔。でもその二つの組み合わせは、今までに見たことがない。

 ――私たちの学校の制服を着たネロくんが、澄ました顔でこちらに手を振っていた。

「ちょっ……」

 私は猛スピードで机と机の間を通り抜けてドアに向かう。

 そしてそのまま、思わず叫んだ。

「なんでいるの!?」

「ああ、この学校からコロルの反応があると聞いてね。アクアちゃんは人の多い場所では目立つから、お留守番。僕一人で来たのさ」

 なるほど、ちゃんと理由があって学校に来たみたいだ。……でも、でもね、ひとこと言わせてくださいな。

(ネロくんも目立つわよ。十分目立つ!!)

 学校指定の制服を身につけているけれど、キラキラオーラが隠しきれていない。

 そんなことを言っている間に、教室の中がだんだんざわつき始めた。

「えっ、誰……?」

「めっちゃイケメン!」

「なに、姫ちゃんの知り合い?」

 ほらもう、目立つことこの上ないじゃない!

「と、とりあえず場所を変えましょう!」


 教室から離れ、階段裏までネロくんを誘導して、私はようやく息をついた。

 人通りの少ない、のんびりしたいときにお気に入りのスポットだ。ここなら落ち着いて話もできるでしょう。

「そもそもあなた、どうやってここまで?」

「どうやって、って……? 普通にまっすぐ来ただけだよ」

「人、たくさんいたでしょう? 先生に呼び止められたりしなかったの?」

「声をかけてきた人はいたけど……丁寧に対応したら、特に怪しまれたりはしなかったかな」

「……なんてこと……」

 さては、顔の良さと誠実さだけで突破してきたわね?

 キラキラオーラの前では法も規則もあったものじゃないらしい。

「やばいわよ……ネロくん、あなた万物を口説けちゃうんじゃないかしら?」

「ふふ、どうもありがとう」

 ちょっと呆れも含んだつぶやきだったけれど、ネロくんには褒め言葉として受け取られたらしい。ポジティブだこと。

 さて……と、本題に入る。

「コロルは何かに擬態しているんだったわよね」

「そうだね……。コロルは普通のモノと違って動くことができるから、動かした覚えがないのに勝手に移動しているモノがあったら、分かりやすいかな。『ダブグレー』のときみたいに生き物に擬態していた場合は、話が変わってくるけれど」

 あの捕獲作戦を思い出す。また走らされるハメになるのは勘弁ね……。

「今日のターゲットは、『メイズ』のコロル」

「めいず?」

「イギリス英語で『トウモロコシ』って意味の、明るい黄色のことだよ」

「トウモロコシ、ねぇ……」

「どこにあるか、心当たりはないかい?」

 ネロくんに問われて、私はリトルテディと会議を始める。

「……考えられるのは、中庭の畑で栽培されてるとか?」

『でも、今は春ですよ。トウモロコシの旬じゃありません』

「それとも、食材の中に紛れてる?」

『うーん、間違って食べられちゃう可能性は低いって話でしたよね。少なくとも、調理される前には逃げ出しそうです』

 いろいろ候補を考えてみるけれど、どれもしっくり来ない。

(学校……学校のどこに、トウモロコシが……?)

 いやでも、最近どこかで見たような……。

 ……あ。

「あれじゃないかしら……美術部の、新しい課題!」

 野菜と果物の盛り合わせ。あの中に確か、トウモロコシがあったはずだ。

 私がそう言うと、ぱっとネロくんの表情が明るくなる。

「きっとそれだよ! 冴えてるね、咲良」

「そ、そうかしら……」

 リトルテディと話し合ったおかげ――というのは、秘密にしておきましょう。

『ちょっと姫さま!? ボクの手柄を横取りしないでくださいよう!』

 頭の中でリトルテディが騒いでいる気がするけど、それは一旦放っておいて。

「早く行きましょう。今は昼休みだけど、午後の授業を受ける生徒が来ちゃうかもしれないから」

 私は手招きをして、階段を上がった。


「し、失礼します……」

 そろりと扉を開けて入った美術室には、ラッキーなことに誰もいなかった。

 問題のカゴは、教室の隅の机の上にどけてあった。リンゴ、じゃがいも、玉ねぎ、キウイ……。

「あら? トウモロコシは……?」

 乗っていたはずのトウモロコシが、そこにない。きょろきょろと辺りを見回してみると、

「……あ、落ちてたわ」

 机の下に、無造作に転がっているのを発見した。

「これは……コロルがこっそり逃げ出そうとしたのかもね」

「ゆ、油断できないわね……」

 トウモロコシを抱き上げて、ちょん、と筆で触れると。

 ――とぷん。

 またあの雫のような音がして、トウモロコシは消えていった。

 これでよし、と言いたいところだけど……そういえばこれ、静物画用のモデルよね。

「……このままだと、トウモロコシが消えちゃったこと、バレちゃうわよ?」

「そこで、あのパレットの出番だよ。咲良」

 と、待ち構えていたようにネロくんが言う。

「絵の具を混ぜて『メイズ』を作って、トウモロコシを描けばいいんだ」

「なるほど!」

 トウモロコシの色だから、ほとんど黄色で……少しだけオレンジがかっているかしら?

 『メイズ』を作るのは、そこまで複雑ではなさそうだ。

「よしっ、そうと決まれば、やるわよ!」

 くるくるとパレットの上で絵の具を溶かして、『メイズ』を作る。

 空中のキャンバスに、ぐるりと筆で楕円を描いて――輪郭を取った後で、ちょい、ちょい、とつぶを描き込んでいく。こう見えて、細かい作業は得意なのよ。

 ネロくんが見守る中……私は集中力を研ぎ澄ませて、トウモロコシの絵を描き上げた。

「……できたわ!」

「それじゃあ仕上げに、呪文を唱えるんだ」

「呪文……!」

「――『トリドリ・イロドレ・イロドリカ』。イロドリ王国に伝わる、『色』のチカラを操る『色彩魔法』の呪文だよ」

「了解よ!」

 いかにも魔法らしくて、テンション上がるわね……!

 私は、びしっと筆先を絵に向けながら、ネロくんが言った『呪文』を復唱する。


「トリドリ・イロドレ・イロドリカ……トウモロコシよ、おいでなさい!」


 すると……。

 ――ぽふん!

 小さな煙とともに、みずみずしいトウモロコシが現れた。

「や、やったわ……!」

「うん、うまくいったね! 初めてなのにすごいよ」

 ほっと胸を撫で下ろす。これをカゴの上に置いて……ミッションコンプリートね。

 と、私は壁にかかった時計の方を見て――。

「って……もうこんな時間!?」

 昼休みも終わりにさしかかっていることに気づく。

 集中しすぎて時間を忘れていたわ。でも幸運なことに、まだ他の生徒は来ていない。パレットをしまって、すぐにここを出れば……。

 と思った途端、がたりと前のドアの方から物音がした。同時に、聞き覚えのある声も聞こえる。

「よいしょっと……」

「……! 先生だわ……!」

 そうか。準備をしなきゃいけないから、生徒よりも早めに美術室に来るのね……!

「ど、どうしましょう――」

 ちらりと隣に立つネロくんを見る。

 私はまだしも、生徒じゃないネロくんが見つかるのはまずいわ。

 ……そんなことを考えていると、突然、ぐいっと腕を引っ張られた。

「なっ……!?」

 困惑する暇もなく、私は床に崩れ落ち――ネロくんと一緒に、大きな机の陰に隠れていた。

 確かにこれで先生の視線からは逃れられる。逃れられる、けど。

「ちょっと!? 何してるのあなた!?」

 ひそひそ声で精一杯の抗議をする。

 ……だって。今の私たちの体勢をよく考えてみてほしい。

 腕を引かれてバランスを崩した私を、ネロくんが受け止めた――いえ、ほとんど『抱き止められた』ような状態よ!?

「か、隠れなきゃいけないと思って……ケガはないかい?」

「ないわよ……ないけどねぇ……!」

 ああぁ……近い、近すぎる!

 この前、手を握ってきたときといい……ネロくん、距離感がおかしくないかしら!? それとも、イロドリ王国の文化ではこのくらいが普通なの!?

 イヤなわけじゃないけど、ムダにどきどきして困るのよ……!

「……あ、先生が準備室の方に入っていったよ。出るなら今じゃないかい?」

「っそ、そうね!」

 私たちは、急いで後ろのドアから外に出る。

何だか、どっと疲れたわね……。

 深く息をついた私に、ネロくんが申し訳なさそうな表情で言う。

「その……僕、あまり考えずに先に行動してしまうことがよくあるんだ。悪い癖だとは思っているんだけど」

「そうね……だんだん分かってきたわ……」

 ハトのときも、途中まで無計画に追い回していたものね。

 同級生の男子と違って落ち着いた雰囲気をしている――と思っていたけれど、どうやらそうでもないみたい。

 ネロくんの新しい一面が見えた、何だか長い昼休みだった。

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