6:魔法のパレット!

 帰り道の曲がり角。水たまりの向こうに、見覚えのある人影を見つけた。

 ネロくんと……アクアちゃんも一緒だ。

「……あら」

「咲良! ちょうどよかった、学校帰りかい?」

「ええ、そうよ。部活が終わったところ」

 私のこと、待っていたのかしら?

 するとアクアちゃんが、ネロくんのポケットから身を乗り出して、私の方をじっと見つめてくる。

「んん……」

「どうしたの、アクアちゃん?」

 そう尋ねると、うーむ、と小さなうなり声を上げた。

「サクラから、何となくコロルの気配を感じるんだよなぁ」

「……え?」

 私は首をかしげる。

 この前……『ダブグレー』のコロルを捕まえたときならともかく、今、コロルの気配がするというのはおかしい。

「……それって、どういうこと?」

「どういうことだろうな……。あっ、もしかしてサクラ、コロル食べちゃったりしたか!?」

「そんなことある!?」

「えっ……咲良、体調は大丈夫なのかい?」

「ネロくんはすぐに信じないでちょうだい!」

 すぐに心配してくれるのは、たいへん紳士的だと思うけど!

「そもそも、コロルって何なの……? 間違って食べるようなこと、あるのかしら」

 イロドリ王国の事情について一通り説明を受けたとはいえ、まだまだ分からないことは多い。

 雨上がりの濡れた道を並んで歩きながら、私は二人に聞いてみる。

「んー、そうだな。コロルは、簡単に言うと色の妖精みたいなものなんだが」

「……あ、それは聞いた気がするわね」

「お、よく覚えてるなサクラ。えらいぞえらいぞ!」

 ちっちゃい手で頭をぽんぽんされる。私が寝癖を直す時くらいのささやかな力加減だわ。かわいいわね。

「コロルは、色の名前にあたるモノに擬態しているんだ。例えば『オレンジ色』のコロルなら、果物のオレンジのふりをしている」

 アクアちゃんの解説を、ふむふむ、と聞く。

「ただし、普通のオレンジとははっきり違うところがあってだな。コロルは、自力で移動することができるんだ! これが一番の見分けポイントだな」

「なるほど、自力で動く……」

 それはかなり分かりやすい。オレンジが変な場所に転がっていたら、きっと目立つでしょうし。

「跳ね回ったり、爆速で転がったり?」

「……うーん、そこまでアグレッシブではないかな」

「あら、そうなの」

「人間に見つかると厄介だから、基本的に見られていない時に動くと思うぞ」

「確かに、バレたらスクープ待ったなしだものね。『怪奇! 大回転柑橘類!』みたいな」

「漢字の圧がすごい見出しだね」

「たぶんツッコむとこそこじゃないぞ、ネロ」

 ……ネロくん、たまに気にするところがズレているわね。意外と天然なのかしら。

「だから、本当に人間に食べられそうになったら、さすがに逃げると思うんだが……」

「うーん……」

 となると……どうして私からコロルの気配がするのかは、分からないままってことね……。

 すると、止まってしまった話の流れを戻すように、ネロくんが切り出す。

「……そうだ、咲良。今日きみに会いにきたのは、渡したいものがあったからでね」

「渡したいもの?」

 何かしら。

 首を傾げていると、アクアちゃんがどこからともなく、白くて四角いモノを取り出した。

「じゃんじゃじゃ~ん! アクアちゃん特製、魔法のパレットだぞ!」

 それは、見た目は何の変哲もない、プラスチック製のパレットだった。

 授業で使うものと違うところといえば、あらかじめ固形絵の具がついているタイプのパレットという点。これ、水で溶いて使うのよね。持ち歩くのに便利そうなやつ。

「これさえあれば、いつでもコロルのチカラを借りられるのだ!」

「……それ、すごいものじゃない?」

「自分で言うのも何だが、すごくすごいアイテムだぞ~! ここに固形絵の具がセットされてるだろ? これを魔法の筆で溶かして混ぜて、色を作って、絵を描くと……なんとびっくり! 絵がホンモノになっちゃうんだな!」

 ほ、本当にすごい。

 そんな魔法を……もしかして私が、使えちゃうってこと? お姫様じゃなくって、魔法使いだわ!

 ひそかに心を躍らせる私に、といっても、とアクアちゃんが注釈をつけ加える。

「コロルに対応するモノじゃないと効果は発揮できないんだ。今はまだ『ダブグレー』しか使えない状態だから……」

「ハトを呼び出すことしかできないね」

「手品かしら」

 シルクハットもなしにハトを呼び出せたら、みんなの注目を集めること待ったなしでしょうね。どちらにしたって、私からしたらすごい魔法だけど。

(……でも……)

 本当に私が、そんなチカラを使いこなせるかしら。

 自分が楽しむため、自己満足のためだけに、絵を描いている私が。

 誰かのために……チカラを使うだなんて。

「……どうしたんだい、咲良?」

「っ……」

 そんな小さなもやもやを、すぐにネロくんに見抜かれてしまった。

 私は少し迷いつつも、彼に胸の内を打ち明ける。

「その……少し、不安で。私にうまくできるかしら、って」

「そうか……。ムリもないよね、いきなり大変な使命を任されたんだから」

 そう言うと、ネロくんは――そっと、私の手を取った。

「……!」

 お、男の子に手を握られるなんて!

 いきなりのことに、固まってしまう。

 でもネロくんは気にしない様子で、私の手をやさしく包み込む。手袋のつるつるした感触が、不思議な感じだ。

「大丈夫だよ、僕がついてるから。――僕はきみを、信じてるから」

 私の目をまっすぐに見つめながら、ネロくんはそう言った。

 何……何かしら、これ。愛の告白でもされてる?

 そのくらい真剣で、そのくらい温かいトーンで語りかけるものだから――私は思わず、目をそらしてしまう。

「……か、勘違いされるわよ、そういうの」

「……? 僕は咲良のことが大切だからこうしたまでだけれど……迷惑だったかい?」

「だから、そういう……!」

 口説くみたいな言い方をやめてって言いたいのに!

 でも同時に、ネロくんはこういう人なんだろうな、とも思う。初めて会った時からずっとそうだ。

(本当に、絵本の中から出てきた王子様みたいだわ……)

 まるで、住む世界が違っているみたい。……いや、住む世界は本当に違うんだったわね。

 でも、そういう問題じゃなく、いい意味で世界から浮いているというか……どんな場所でも自分らしさを貫いているというか……。

(そうよ、私も……自分らしくいればいいのよ)

 どうなるか分からないけれど……託されたからには、信じてもらえているからには、やらなきゃね。

 ちょっとびっくりしたけど、ネロくんのおかげで、何だか勇気が出た気がするわ。

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