4:イロドリ王国の物語

「……それで?何か私に言うべきことがあるんじゃないかしら」

「ああ……ごめんよ、咲良。走り回って疲れただろう? 何か飲みものでも……」

「そうだけどそうじゃないわよ!」

 その気持ちはとってもありがたいけど!

 今私に必要なのは、それじゃない。

「説明よ! 圧倒的に説明が足りないわ!」

 そう言いながら、私はネロくんに詰め寄る。さっきまで散々振り回されていたおかげで、ちょっと遠慮がなくなってきた気がするわ……。

「結局どういうことなのよ? このハトを捕まえることが、『世界を救う』ことに繋がるって言うの?」

 幕を開けたはいいけれど、何も分かっていないのだ。この物語の目的も、向かう先も。

 そんな投げっぱなしのストーリーじゃ、冒険に出ようにも出られない。

 すると、ネロくんの胸元のポケットが、もぞもぞと動いて。

「ふあぁ……」

 一人の女の人が、眠そうな声とともに姿を現した。

 ――ただし、とても小さいサイズの。

 どのくらいのサイズかというと、ネロくんの胸ポケットに下半身がすっぽり入るくらいだ。

「えっ……妖精さん?」

「ふふ、確かに近しい存在ではあるかもしれないね」

「近しいの!?」

 そんなことある?

 さっきから不思議なことばかりで、何が何だかだわ。

 少し服のサイズが大きいのか、だぼっとした袖を振り上げて元気なあいさつをする。

「アクアちゃんだぞ! よろしくな!」

「よ……よろしくね?」

 さらさらの長い銀髪の――よく見てみると、すごく美人さんだ。

「アクアちゃんは……こんな見た目だけど、実は僕が暮らしていた国の守り神でね。正確に言えば、その分身だけれど」

「め、女神!? ってことは、えっと、アクア様とでもお呼びすれば……?」

「いやいや、堅苦しいのはナシ! アクアちゃんでいいぞ!」

 本当にそれでいいのかしら?

 とはいえ、こんなちっちゃな人間(?)相手に「様」づけというのも違和感があるか。お言葉に甘えて、フランクに呼ばせてもらうことにしましょう。

「まあ、女神としての力や記憶はほとんど残ってないんだけどな! わはは!」

「えっ……?」

 あっけらかんと笑うアクア……ちゃん。

 一体どういうことなの? と思いながら、ネロくんの顔を見る。

「うん……順番に説明するね。僕の国――イロドリ王国は、守り神である『色を司る女神』が力を失ってしまったことで、危ない状況にあるんだ」

「色を司る女神……っていうのは、」

「うん。アクアちゃんのことだよ」

 うなずくネロくん。

 仮にも国の守り神に対して『ちゃん』付けするのはいいのかしら。本人が希望してるんだから問題ないのかな……。

 そしてネロくんは、話し始めた。ネロくんたちの元いた世界のことについて。


 ――ネロの出身地・イロドリ王国。

 そこは、かつてアクアちゃん――の本体である女神の加護を受けた、平和な地。周りの国からは『色彩の国』と呼ばれるほど、カラフルで活気にあふれた街が広がっていたという。

 だが、王国の日常は、突然ひっくり返された。

 どこからともなく現れた『魔女』が、女神を襲撃したのだ。

 黒い服をまとい杖を持った『魔女』は、女神が持っていた『色』についての記憶やデータを次々と吸収していった。

 女神は必死に抵抗した。そして、手元に残された『色』から自立して動く妖精を作り出し、どうにか魔女の手から逃すことに成功したのだった。

 しかし女神は、この事件によって、チカラの元である『色』の大半を失ってしまったのである――


「ええと、つまり……」

「守り神である女神から『色』のデータが消えてしまったから、王国のほとんどの『色』が失われてしまった……というわけだね」

 ネロくんの言葉に、アクアちゃんがうなずいて、ぽつりと呟く。

「……そうすることしか、できなかったのだ。一度あの『魔女』に奪われたら、『色』を取り返すのはこれ以上に困難になる。ワタシが民を守るためには、そうするしか」

 その小さな横顔は、さっきまでの元気に笑うアクアちゃんとは別人のように、つらく悲しそうだった。

 きっと……すごく大変な事件だったんでしょう。正体の分からない何かに襲われて、大事なものを奪われるなんて。他人事だけど、それが苦しいことなのはよく分かる。

「女神が逃がした『色』の妖精たちは、こっちの世界のどこかにまぎれ込んでいるはずなんだ。僕たちはそれを『コロル』と呼んでいる」

 コロル……ころころしてかわいい名前ね。

 ……って、そんなこと思っている場合じゃないわね、今は。

「さっきのハト……あれがまさに、『コロル』の一つだったんだ」

「……! だから捕まえる必要があったのね?」

「そう。あれは『ダブグレー』のコロル……ハトの体のような、温かみのある灰色のことだね」

 ……ダブグレー。あの色にそんな名前がついているなんて、初めて知った。『ダブ』っていうのが『ハト』って意味なのかしらね?

「咲良に筆を渡しただろう? あれはアクアちゃんと繋がっている魔法の筆でね。触れることで、コロルを元の『色』のデータに変換することができるんだ」

 だんだんと謎が解けてくる。あのハトの正体は色の妖精で……元はアクアちゃんが持っていた『色』の一つで……それを取り戻すために、ネロくんはハトを追いかけていた、のね。

「つまり、魔法の筆で『コロル』を集めることで……アクアちゃんの失ったデータを集め直すことができる、ってこと?」

「うん、そういうことだ。色を司る女神にとって、色はエネルギーそのものだからね。色を集めていけば、アクアちゃんはチカラを取り戻すことができて、イロドリ王国を救うことにつながる……」

 傾いた太陽が、ネロくんの顔を照らす。その瞳には光が灯っている。

「それが、僕がこの世界に来た理由。僕の、使命だ」

 ネロくんの、使命。やらなければならないこと。

(……すごいわ)

 私と同じくらいの歳の子どもが、自分たちの世界を救うために、見知らぬ異世界へやってきて。

 なんて勇敢なんだろう。なんてまっすぐなんだろう。

 でも……私には少し、気になることがあった。

「……一つ聞いていいかしら。どうして私が手伝う必要があったの?」

「それは……」

 私の問いに、ネロくんは一瞬言いよどんで……少しだけ困ったように答える。

「……僕には、魔法の筆をうまく扱えないから」

「えっ……」

「何というか……体質の関係でね。それで、この世界の誰かに協力してもらう必要があって」

 わりと重要なことを、さらっと流された気がするんだけど……情報量が多いし、一旦置いておくことにしましょうか。

「それで、きみが絵を描いているところを見て、ビビっと来たんだよ。きみならきっと、僕たちの魔法を使いこなせる、って」

「えっ、本当に……?」

「ど、どうして疑うんだい」

 ネロくんが意外そうな顔をする。

 いや、でも……そういう一目ぼれみたいなのは、もっと才能のある人じゃなきゃ起こらないと思っていたから。好き勝手に描いている私には、縁がないものかと……。

「自覚があるかは分からないけど……咲良は、色選びのセンスが優れていると思うんだ」

「そう……かしらね。まあ確かに、私の絵の数少ない取り柄ではあるかしら」

「どの色とどの色を混ぜれば、使いたい色が作れるか。どの色同士ならケンカしないか。そういったところを見極める感覚が鋭いんだ。これは、僕たちに必要な能力なんだよ」

「……」

 ただ、感覚でやっているだけなんだけど。

 むしろ、そのくらいしか胸を張れるものがないのだけど。

 こんな風に褒められるなんて初めてのことで、何だか戸惑ってしまう。

「……咲良は、自分の絵に自信がないのかい?」

「えっ……」

 ネロくんに思いがけないところを突かれて、私は慌てて否定する。

「……そ、そんなことはないわ! いつでもプライドを持って描いてるわよ!」

 私は私らしく、私の絵を描くだけ――そうよ、そうでしょう?

 数少ない誇りが、役に立つというなら……胸を張るべきよ。

「世界でも何でも救ってあげる! この私が仲間になるのよ、きっとできるに決まっているわ!」

「……ふふっ、それは頼もしいな。やっぱりきみを選んでよかったよ」

 くすりと笑うネロくんは、私のことを全面的に信頼しているようで。

 まだまだ戸惑いはあるけれど……こんなにまっすぐに信じてくれる人になら、この小さな力を貸してあげたい、と。

 私は心の中で、そう決意したのだった。

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