第20話 会議
例の公園に着いた。
視線を奥の方にやると、奥にあるベンチに誰かがいるのが見えた。無論、それが誰であるのかは言うまでもない。
三年生の先輩たちは、すでに公園に来ていたようだった。二人ともベンチに腰かけている。
そのベンチは三人座ろうと思えば座れるが、いざ座ろうとすれば少し窮屈になるくらいの横幅。実際二人はベンチとベンチの隅っこに陣取っていて、空いた真ん中のスペースを埋めるようにバッグ等の荷物を置いていた。
こうやって顔を合わせるのは先週ぶりだ。だというのにまるで半月くらい間が空いたみたいに久しぶりに感じる。少し不思議な感覚だ。
しかし、いざ対峙するとなると、
(気まずい……)
その一言だった。
もちろん、自分から口を開くことはせずに、ハクは誰かが話を切り出してくれるのを待っていた。
「あぁ悪い。四人で座れる場所じゃねえとな」
口を開いたのは向こうから。名前は知らないがよくしゃべる方だということだけ覚えている。
にしても、彼の声はやけに緊張を呼ぶ。
考えている間に、二人は立ち上がった。「あっちに移動するぞ」と言って自分っちを先導しだす。彼は向こう側にある屋根付きの休憩所を指さした。
この公園は、広さと設備の多さの割にあまり人が来ない。
自分にとっては、それはもう随分とお世話になってきた場所という記憶がある。
あるときは虫取り、あるときは砂遊びと、小さいころ母親と遊びに来ていたことがよくあった。
(久しぶりだな、ここ)
日陰を作っているこの木造の屋根の下で、母親とよく弁当を食べていた。
といっても、それは小学校低学年くらいの話である。今では新しいペンキに塗り変えられていて、それなりに時の流れというものを感じる。
人が来ないというのは、自分が勝手に思っているだけのことだ。
まぁたまに、親子で遊びに来ている人たちを見かけたことはあるが、小中学生が遊んでいるのはほとんど目にしたことない。
これも時代なのだろうかと、ハクは思った。
(近ごろはみんなゲームとか、そういうのしかやってないんだろうな)
別に皮肉を言いたいわけではない。
ただ、昔みたいに(といってもほんの数年の間の話ではあるが)無邪気に虫取りだの遊具だので大はしゃぎする若造がいなくなってきていることに、少しばかり哀愁を感じた次第だった。
「申請書、出したんだってな」
「へ……」いきなり話が自分に振られたせいで、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
相変わらず、その男はいまいち何を考えているかわからない顔だ。
彼が次に発する言葉に、少しこころがおどおどする。
「ねえ、その前にさ」すみれが割って入るように口を開いた。「まず自己紹介しない? ハクはまだ、あなたたちの名前すら知らないから」
すみれは二人に向けてそう言った。
「あぁ、そうだったな」
かくして、演奏部の自己紹介は始まった。
「おれは戸口智也。えーっと……ほか何言うんだ? 自己紹介とか久しぶり過ぎて何言ったらいいかわかんねぇ」
智也と名乗ったその男は、すみれに助力を求め出す。
「何の楽器弾けるの?」と、すみれ。
「あー、ギターやってる。……これでいいか?」
すみれは頷き、オッケーを出す。どうやらその程度の自己紹介でいいらしい。
皆の視線はもう一人男へと集まった。
そう、こっちがしゃべらない方の男。自分はまったくこの人のことを知らないから、この際知れるのはいい機会かもしれない。彼はどういう人なのだろうか。
「青見陸。弾ける楽器はドラムとギターと……あと、ベースは前に少しだけやったことあるくらいでそんなに上手くない」
(多才だ、この人)
その陸という男は、自分の自己紹介が終わるとすぐに次の人へと顔を向けた。
流れるように、バトンはすみれへと繋がれていく。
「菱川すみれ。ピアノを弾くんだけど、バンドだとキーボードが主流になるの?」
「まぁ、別にどっちでもいいんじゃねえか?」
すみれの何気ない質問に智也は安易な回答を示す。
「そうなんだ」すみれは特に興味を示したりすることはないまま、淡々と返事をした。
まるで空気のように皆を眺めていた自分に、いよいよ全員の視線が集まってきた。全身に緊張が走る。
ハクはわずかに震える唇を噛みしめ、そして再びゆっくりと口を開けた。
「籔島、拍です……。ボーカルをやります。……えっと、楽器は弾けません。よろしくお願いします」
終わりにぺこりと、ハクは三人に向けて頭を下げる。緊張でどうにかなりそうだった。『ボーカル』という言葉を口にしただけなのに、逃れられない責任と嫌悪を背負ったような感覚になった。
とはいえ、自分が楽器が弾けないのも、ボーカルを務めることになったことも、周知の事実。別に今さら責め立てられるようなことはないと理解している。
とにかく、自分が足を引っ張らないこと。そして、この二人に嫌われないことを固く願っていた。それは自分が考える、最悪なシナリオなのだから。
「で、話ってなんだ?」智也は言った。
「これからの活動のこと、一度みんなで話すべきって思って」
「そんな話すことあったか?」
「ある」すみれは少し間を置いた。「ハクのこと」
智也たちの目線がハクに移る。
(なんで……?)
「あの時、あなたたちは無理やりハクに部長を押しつけたけど、本当に何もかも全部ハクにやらせる気?」
「そういう話だったんじゃねぇのかよ? 第一、おまえがそう切り出したんだろうが」
「ハクは?」すみれはハクを見る。「バンドのことどれくらい知ってる? 機材のこととか演奏のこととか」
「全然、知りません……」
ハクは目線を横にそらした。
「だから、おれらも手伝えって話か?」再び智也がすみれに尋ねた。
「うん。そうしないとハクにばっかり負担がかかるでしょ?」
(なんで……。すみれさんの方がずっと重荷背負ってるだろうに)
むしろ、自分はまだ何もしていない。
そう主張したい気持ちは山々であったが、こんな重たい空気感の中で言葉を発するまでには至らなかった。
間が際立つ。智也は顎に手を当てて何かを考えている様子だ。
この何気のない間さへも、その場はピリピリと緊張のこもった空気を感じさせる。
「わかった」智也は口を開いた。「バンド組むって決めたからな。お互い、助け合わねぇとな」
その口調は、まるで開き直ったかのような物言いだった。
「うん、ありがとう」すみれは口調を和らげながら礼を口にした。
顔は無表情でも決して無礼などとは思わない、本当にこころの底から感謝を示しているのだと皆が理解していた。
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