第21話
(よかった。何も起こらなくて)
自分はとにかく、この二人がすみれに反感を抱かなかったことに安堵していた。
やはり、このピリピリした空気感は慣れないし苦手である。
そんな空気が少しだけ和らいだだけでも、ハクは心底ほっとした。
「いいよ、もうこれで解散して」すみれは二人に言った。
「……いや、おれたちはこのままここに残るからいい。おまえらは先に帰っててくれ」
その刹那、智也は黙って横に座る陸の方を見た。
何気ないアイコンタクト。
会話も相槌さへも取らずに、陸は智也の考えを汲み取ったように小さく頷く。
あまりの自然さに、ハクもすみれも特に気に掛かったりすることもなかった。
「あ」
すみれは立ち上がったその瞬間、何かを思い出すように口を開いた。
「連絡先、交換しておかないと」
『演奏部』
画面越しに映るその文字をまじまじと見つめる。
本格的に物事が動き出しているのに、自分だけ置いてきぼりにされているような――そんな気がして。やはりこの一抹の不安はそんな簡単には去ってくれない。
いや、もしかしたら自分はもうすでに置いてきぼりにされていて、この有限な時間の中情に甘え、かろうじて今ここに居られているのだとしたら……。自分はその内――
――考えすぎだよ。
そんなことをすみれは言ってきそうだ。
ああ止めにしよう。こんなありもしないことを考えても仕方のないことだって自分でもわかっているはずのに。
「すみれさんの家、たしかここのすぐ近くですよね?」
ハクは自転車を押しながら、隣で足を歩いているすみれに向かって尋ねた。
「そうだよ」
「いいですよね」
「ん?」
「いや、ここって公園も学校も近くて便利だなぁって思って」
「そっか。ハクは自転車通学だもんね」
「そうです。ほんとはぼくも、すみれさんみたいに徒歩で通学できる場所がよかったですけど」
「ハクの家って、そんなに遠いの?」
「まぁ、歩いたら結構時間かかります」
「へえ。じゃあ今度、私ハクに家まで案内してもらおうかな」
(え……なんで?)
「……? どうしたの?」
「え? あ……いやなんでもないです。……ぼくの家まで行って、いったい何するつもりなんですか? 別に何もすることないと思いますけど」
「わかんないよ。ハクにとっては何ともないことが、私にとってはすごく感じることってあるかもしれないじゃん。それこそ、作曲のことだってそうだったし」
「……たしかに」
(ていうか。これ、すみれさんが本当におれの家に来る流れになってないか……?)
「あ、私家ここだから。またねー、ハク」
「……また」
手を振り返す。すみれが家に入るのを見届けた後、自転車のペダルを漕ぎ出した。
▽ ▽ ▽
涼しい風が通り過ぎてゆく。
リンリンと鳴くスズムシの鳴き声に負けず劣らず、コウロギの鳴き声も同時に耳に響いてくる。
日は段々と降り始め、夕陽の色がますます色濃くなっていくのをただただ眺める。
それとともに智也は秋を感じた。
これからしようとしている話は、そんな秋の穏やかさとはまったく似合わないことだと思うと、少し滑稽に思えた。
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