第17話 お昼
昼休み。
ハクは食堂に行く生徒たちに混ざって、教室を出た。無論行先は食堂ではない。
食堂に行く者たちとは違い、自分は行先を変えて階段を上っていく。風呂敷に包まれた弁当箱を手に持って移動しているのは、すみれにお昼もともにすると言われたから。
三階まで上がり、さらに廊下を進んだころにはまったく人気がなくなって、さらに奥へと進むと、やがて『図書室』と赤色で記されてある木造の看板が見えてきた。その看板に向かって足を進める。
自分はこの学校の図書室をよく利用していた。
別に特段、本を読むのが好きなわけではない。ただ単純に、暇な学校生活での行き着いた先の一つというだけで。
クラスメートたちには、休み時間に本を読む自分の姿を見て、《彼は読書家だ》《本好きな人だ》と勘違いされたことが絶対にあったに違いない。
ここには人が来ないから、それが理由で図書館に行くのが習慣になっていたし、自分はその秘密を知る数少ない者のうちの一人なのだということに、少しばかり愉悦感を感じていた。
人ごみを嫌う自分にとっては、完全に一人になれる場所があるというだけで十分ありがたい話だった。
ハクは前方にある緑色のカーペットに足を踏み入れるなり、そのすぐ先にある扉へと近づいていく。
すると透けて見えるガラスの扉越しから、華奢な体型をした一人の女子がポツンと椅子に座っている姿が視界に映った。
扉を開ける。
その音で、奥に座るその人物はこちらに気づいたようで。
ハクは頬を緩ませながら、その人物の元へ近づいていった。
「おはよう」すみれは言った。
(おはよう?)
――今、昼なのに。
「どうしたの?」
何も返してこないハクに、すみれは不思議そうに首を傾げる。
「おはようございます……?」と、ハク。
それを聞いたすみれは、思わず苦笑する。
「なんで、疑問形?」
「いや……昼におはようは変だなって」
「じゃあ……こんにちは?」
「……それもなんか、変ですね」
たしかに、『こんにちは』では少しぎょうぎょうしく感じる。先生に使うのなら、まだしっくりくるのだが。
(……って、そんなことはどうでもよくて)
「それ、部活の申請のやつですか?」
すみれが作業していたテーブルには、一枚の紙が置かれてあった。もうすでにある程度書き込んであるのが見受けられる。
「そうだよー」
それを聞いた自分は、思わずはっとなった。
「すいません。……ほんとはそれ、自分が取りにいくべきだったのに。ぼく部長なのに全然気が回らなくて」
「ハクはまだ一年生だから無理しなくていいって。それに、部長だから全部やるのもおかしな話だよ」
「………」
「ほら、ここ座って」
ハクはすみれの隣の席に座って、彼女が差しだしてきた目先の用紙を見渡した。
その紙には、部員の情報(名前や学年、出席番号など)や、活動内容、活動場所、活動目的・目標などなど、記入する欄が裏面まで記載されてあった。
紙をひっくり返し表面を向けると、もうすでにすべての部員の欄が埋められてあることに気づく。思わず顔をしかめた。
自分は部員の名前すら知らない。調べもしなかった。
「………!」
自分もきちんと部員としての役目を果たさねばならない。そう思って、真ん中にある用紙を自分の目の前へとスライドさせ、ボールペンを手に取りだして一気に作業に移ろうとした。
しかし途端、すみれはその用紙をハクから取り上げた。
「……ぁ! えっと……」
突然のすみれの行動に頭が追いつかないでいると、
「お昼、先食べよ」すみれは片方の手で、自前の弁当箱をちらつかせながら言った。
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