第16話 接触
土日の休日もすぐに過ぎ去り、早くも月曜日が訪れた。
その朝こと。
いつも通り学校に登校し、たった今ホームルームを終えたところだった。
一限目の授業が始まるまでの暇な時間。いつもであれば、自分の席でうつぶせになったり本を読んだり――大体そんな風にして時間を潰しているはずなのだが、
「籔島くん?」
右側に、制服のスカートがひらりと映り込む。
経った今、自分がほかの誰かに話しかけられたことを認識する。その瞬間、瞼がぱっと開いた。
自分がこういう風に誰かに声をかけられることなんて、それこそクラスの要件や何か用事ごとがあるとき以外絶対にないこと。こんなこと、今までに一度もなかった話だ。
声をかけてきたのは白石だった。
白石というのは自分がすみれと接触する以前、一度だけ話を交わした現吹奏楽部員である。つけ加えるとするなら、彼女は自分のお隣様でもある。
そんな彼女が何を話すのだろうと一瞬疑念を抱いたが、この場合それは自明であった。
彼女の眉毛は下がったまま。
加えて、目を細めながらやや顔を俯かせている。
そんな顔を見ればすぐに察しがつく話。
おそらく、昨日のことだろう。自分もそれを思い返す。決していい思い出ではないから、気づくころには自分も顔をしかめていた。
「先週の部活、なんかすごく雰囲気悪かった。菱川先輩の件で先輩、相当ショックだったみたいで、それでみんなの前でずっと泣いてて……。もう、昨日は部活どころじゃなかったんだ」
「そう……だったんだ」
〈まぁ、あの感じだとそうなって当然だろうなぁ。
でも、本人が辞めたい言ってたからしょうがない気もしなくもない。
おれは部活の事情とか全然知らないけど、昨日のあの感じじゃ……あの女の人がすみれさんにやれって無理やり押しつけてるみたいに見えた。
コンクールってやつが大事かもしれないけど、無理やり押しつけるのはやっぱりなんか違う気がする……〉
「白石さん」ハクは言った。
「ん?」
「や、あの……吹奏楽部の人たちにとって『コンクール』って、どんな存在?」
それを聞いた白石は、少し口を開けた。
「知ってるんだ……先輩がなんで泣いてたか」
「うん……その場にいたから」
「うーん、コンクールかぁ。まぁ、一つの大きな目標って感じかな。やっぱり、みんな何となくだけど金賞取りたいって思ってるんじゃない? そのために毎日必死に練習してるとこあるし」
「なら白石さんは昨日の件、ショックだった? すみれさんが部活やめたこと」
「私は別にそこまでかな。もちろん菱川先輩はすごくピアノ上手だったから、あの人がい
るのといないとでは全然違うと思うけど」
それでも、白石にとってその件はショックではなかったらしい。
「私はむしろ」白石は小さく口にした。
明らかに何か言おうとしていた。けれど、それを邪魔するかのように教室中に授業開始前の鐘が鳴り響く。
「……なんかごめんね。休憩邪魔しちゃって」
そんなことないと、ハクは必死に顔を横に振って返す。
「籔島くんは? これから何かやるの? 菱川先輩と」
少しだけ言葉に詰まる。別に隠そうとなんて思ってないのに『音楽』という言葉を出すのになぜか少し抵抗感を感じた。
「あぁうん。なんていうか……その、バンド……?」
『音楽』というワードを避けた結果、出てきたのは『バンド』というもっと避けたい言葉だった。
「へぇ。バンドやるんだ。……?」白石が急に眉をひそめ出す。「あれ? この学校に軽音部的なのあったっけ?」
「あぁ、部活は新しく作る、と思う。おれとすみれさんと、あと…三年生の人たちで」
「三年生……? 籔島くんって、意外に人脈広いんだね」
「全然全然!」
ハクは手を横に振りながら否定した。
〈自分に人望があっただなんて、口が裂けても言えない。
ただ運が良かっただけ。
あのとき、運よく公園で演奏してる三年生の人たちを見かけて。
たまたまいい方向に話が進んで……。
すみれさんは、理由はわからないけどやろうって言ってくれた〉
「でもまだわからない」ハクは低くそう口にした。「まだ何も決まってないっていうか、ほんとにこの先どうなるかまったくだから」
――やるからには条件がある。おまえが部長やれ。
(ほんとにおれが部長……)
「ふーん。いいね、籔島くん。充実してて」
「充実……?」
充実なんかよりも、不安の方がずっと大きい気がした。
「じゃあ、もう授業始まるから……次移動だったっけ?」
「うん、物理室」
「せっかくだから一緒に行こうよ」
「……!」ハクは急な提案に固まる。こういう時、素直に『行こう』と言ってしまえばいいんだろうか。
「弥生~。早く行こー」前の席から女子の声が聞こえる。白石の友達だった。
「あ……」
「いいよ。おれ、一人で行くから」ハクは細々とそう言った。
「ごめんね」
白石はそう言い残し、友達の方へと駆け寄っていった。
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