第14話 歌う権利

「ちょっと、いい?」


突然、すみれが口を開いた。


「私、ハクと音楽するとは言ったけど、バンドに入るなんて一言も言ってない」

「は?」


ハクにリーダーを突きつけたその男は思わず目を見張る。


「どういうことだ……おまえ……」


再びハクに矢先が行くのを未然に防ぐように、すみれは透き通った声で自分の方に注意を向けさせる。


「条件がある、一つだけ」すみれは言った。

「条件?」

「ハクをボーカルにして」

「は?」

「そうしないと私、入らない」


 まるで立場が逆転したかのように、すみれの発する言葉には影響力があった。

 男の額に少しの汗が見える。


「それに、わからない。あなたがハクを阻害しようとする理由が」

「どういうことだよ……」

「ハクは、曲を作れる。それもとびっきりいい曲。私、そこらのプロのミュージシャンなんかよりもずっと音楽の才能があると思う。だから私、部活を辞めてハクと音楽したいって思った」

「ちょっと待て……。ハク、おまえ作曲できんのか?」

「………..... 」

「いや、でも待て」男は言った。「なんでボーカルなんだよ。こいつ、歌上手くないんだろ?」


 歌が上手くないというのは完全な事実だ。絶対に覆るなんてこと、ありえない。


「歌上手いよ、ハクは。ただ自分で思ってないだけ。私はハクの歌を聴いて、ちゃんと上手いって思った。それに――」


 ハクが中心になって、音楽をやるのを見ていたい。


それがすみれの本心だった。

そうじゃないと意味がない。つまらない。


この籔島ハクという人間の存在が、才能が、今の音楽の常識を一気に覆すかもしれない――あの時、彼の歌を聴いた瞬間から、まったくこころに揺るぎはないのだ。


「曲を作った本人には歌う権利があると思う。上手いも下手もない。ハクが歌ったものが一番その曲にふさわしい」


 すみれの言葉に青年たちは、異議を唱えることはなかった。いや、返す言葉がなかったのかもしれない。


 その後、男たちは言葉を発してこなかった。

 結局、黙認という形でハクがボーカルを担うことになったのだ。


「その代わり、リーダーはやれよおまえが」


 男がそう言った後、すみやかに二人は公園から去っていってしまった。

ハクとすみれは、いまだ公園に残ってそのままベンチに腰を据えていた。


「あの……」ハクは引きつったような声で言った。「これから、どうすべきですか? 正直、ぼくが歌うことになったことが嘘みたいで……。それにリーダーって……ぼく楽器とか、そういうのまったく知らないから、これからどうやればいいか不安で……」

「そんなに悩まなくていいよ。私もいるから安心して」


 やさしく、すみれはハクにそう言い聞かせた。


「………」


〈すみれさんが、絶対そう返してくれるって思って発言した自分を殴ってやりたい。

 結局、自分は一人でやることを放棄して他人が何とかしてくれることに期待している。

 今回だって、すみれさんがいなかったらバンドなんて絶対に入れなかった。

 どうしてこんなに何もできない弱い人間なんだって思うと、途端に胸が苦しくなる。

 怖くて仕方がないんだ。

 自分が見捨てられることが〉

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