第13話

「ぼく、すみれさんにまだ言ってなかったことがあるんです……」

「言ってなかったこと?」

「ちょっと、来てもらってもいいですか?」

「………」

 ハクは奥のベンチに向かって足を前へと進みだした。



「あの……」


 自分たちと同じ服装をした二人の男に、ハクは声をかけた。


「………?」男らは目を丸くしながら、ハクを怪訝な顔で見つめている。「おまえ、あのときの……」

「覚えてますか? あのときした約束」

「……あぁ」男の一人は言った。

「その――」


 自分の背中の先にいたすみれの姿が映るように、ハクは横にずれ振り返った。


「楽器が弾ける人……連れてきました」

「………」


 二人は目線を横に移すと同時に、瞼を大きく見開いた。

 唖然としたのは、彼らの目先にいる彼女もであった。


「どういうこと……? ハク」


すみれは早急に説明を求めだす。


「ぼく、この人たちと楽器が弾ける人を連れてくることを条件に、バンドを組む約束をしてたんです。すいません、今まで黙ってて……」

「……そう、だったんだ」


 すみれは腰かける二人の男に目を向けた。発言をしようとした自分より先に、向こうの方が口を開ける。


「で、おまえは何弾くんだよ、楽器は」男はすみれを見てそう尋ねた。

「吹奏楽部で、ピアノを弾いてた」

「ピアノ? ……いやその前におまえ吹奏楽部って……部活入ってるやつ連れてきてどうすんだよ」


 男の視線は、ハクの方へと向けられる。


「いや、この人は――」

「部活はもう辞めた」 


 ハクが説明をしようとした矢先に、すみれがそれを遮る形でそう言い放った。


「………」


 再度、男はハクに視線を向けた。


「あぁわかったよ。おまえはちゃんと楽器が弾けるやつを連れてきたから、約束は守ってやるよ」

「………!」思わずハクは目を見開いた。


 心底うれしくてうれしくて……。

 これから、何もかも思い通りに進むんじゃないかと、そんな幻想を抱いてしまうほどに。


「これからこの四人で学校に部の申請をする。その代わり」男は続けて言った。「リーダーはおまえがやれ」


 その言葉を聞いた瞬間、思わず絶句した。


「え………」 

(今リーダーって言った? ……この人)

リーダーという言葉が、いかに自分にふさわしくない存在であるかなんて身に染みて理解している。

楽器が弾けない。

そもそも、音楽というものを本格的にやってきた経験すらないのだ。


そんな人間にバンドのリーダーが務まるというのか。

自分にリーダーを指名してきたこの男は、いったい何を考えているのか。

そんな人間にリーダーを任せらせるなどと、どうなったらそんな考えに至るのか全然わからなかった。


「だっておまえ、何もないだろ。楽器弾けないんだろ? 歌も自信ないんだろ? だったら、リーダー以外おまえができることないだろ?」

「ちょっと待ってください」ハクは言った。「あの、リーダーって何ですか? 何をやるんですか?」


 ――慌てるな。感情的になる前にまず冷静になるんだ。この男の話を聞かなければ何も見えてこない。


「それはあれだよ。部長として書類提出したり、活動報告とか、あとは……イベントとか参加するために生徒会に駆け寄ったり……たくさんあるだろ? おまえの仕事」


(なんで……? ……そんな、おれは音楽やるはずじゃ……)


 思わずこぶしを握り締めていた。 

 何かが間違っている。

 きっと何かの勘違いなんだ。

 じゃないと……。

 こんな理不尽なことへの説明がつかない。


「……できるんですよね? 音楽……ぼくもバンドのメンバーなんですよね?」

「あぁおまえはバンドのメンバーだ。でも音楽するっておまえ何やるんだよ。ないからご丁寧に仕事渡してやったんだよ。要はあれだ。おまえはマネージャーみたいな――」


〈………おれが、マネージャー? 

音楽は?

メンバーなのに音楽ができない? 

なんで……なんで……!


――だっておまえ、何もないだろ


あぁその通りだ……。おれは何もないんだ。何もできない。

あの人たちが悪いんじゃない。おれが何もできないから……こうなるのは当然のことで……。


全部、最初っから……。

都合がよすぎるなって思った。

なんか上手くいきすぎてるって。

おれが全部都合のいいように思い込んで……

すべてが自分の幻想で……

ただおれが都合の悪い現実を見なかった結果、こうなった。



――ああ。なんて様。



音楽やろうなんて……思わなければよかった〉


「ちょっと、いい?」

 突然、すみれが口を開いた。

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