第12話 顔合わせ
「あの、すみれさん」ハクは無意識に、唇を震わせていた。「部活、辞めてたんですね……」
「そうだよ」
「いつ、辞めたんですか?」
「昨日の放課後、顧問の人に退部届出したかな。……ずっと前から、辞めようって思ってたんだ」
「…………」
辞めたいと、そう思うようになった原因はあの女のことだろうか。
気になりはしたが、今さらそれを掘り返すようなことはしたくない。
ただ、わかってあげたかった。
自分はすみれの見方であり、あなたは正しいんだって言ってあげられるよき理解者になってあげたかった。
「苦しかったですよね、今まで」
「………」
「……苦しい、とはちょっと違うかな」
「え……」
「何か、自分の中で変化が起こってほしかったんだと思うよ。毎日、何も変わらない平凡な日常を過ごすうちにさ」
「それで……」
「でもハクと出会ったとき、確信した。この人と一緒にいたら自分も何か変われるんじゃないかって」
「そんな……ぼくはすみれさんよりも――」
「すごいよ。ハクはみんなが持ってないものを持ってる。私にはそれがない」
「何なんですか、それって?」
自分はそんなに大層なものを持ち合わせているつもりはない。
それだけに気になる。
彼女が感じたそれはいったい……。
「なんだろ」すみれは言った。
「へ……?」
答えになっていない返答に、思わず口がぽかんと開く。
「上手く言葉にできないなぁ。なんて言えばいいんだろうね。たしかに才能は持ってるって思ったけど……それだけじゃないというか……。自信とか決意みたいなそういう甘ったるい言葉じゃなくて」
「なくて……?」
「ごめんね。やっぱりわからない。けどわかったら言うね、そのうち」
「……わかりました」
「楽しみだなぁ。こらからハクと音楽できるって思うと」
すみれは大層清々しい様子でそう言った。
それを聞いたハクは、はっとしたように目を見張る。
「すみれさん、あの……」
どこか気まずそうな顔で言うと、すみれは眉を上げながら「どうしたの?」と聞き返してきた。
「……いや――やっぱり何でもないです」
けど言わなかった。
いや、言えなかった――きっとそれが正しい。
「……?」
「もう帰るんですか?」
「……うん。ハクは帰らないの?」
「ぼくも帰ります」
「ハクは始めの校門、どっちに曲がって帰ってる?」
「あ、えーと……左です」
「私も同じ。なら一緒に帰ろ――」
すみれの提案通り、ハクは彼女が言う公園まで歩いた。
しかし田んぼ道を抜けた辺りで、ハクはその違和感に気づいた。
(この道……。公園ってもしかして)
「あぁ着いたよ。あそこ。あれが私が言ってた例の――」
公園の奥に見えるベンチ。そこには二人の先客がいた。
少し遠くて見えずらかったが、ハクはすぐに確信に至った。
「………」
ぼおっとしているハクに、すみれは「どうしたの?」と声をかけた。
「すみれさん」
唐突に、これから重大な何かを告げるような真剣な口調で、ハクは言った。
「ぼく、すみれさんにまだ言ってなかったことがあるんです……」
「言ってなかったこと?」
「ちょっと、来てもらってもいいですか?」
「………」
ハクは奥のベンチに向かって足を前へと進みだした。
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