隣の席の吹奏楽部女子③
「楓、絶対勘違いしてるし……」
まるで愚痴を漏らすように白石は呟いた。
「………」
自分がぼぉっとしていると、白石はこちらを見てきた。
「えっと………何?」
「……その、白石さんに聞きたいことがあって」
「すぐ終わる?」
「えっと……すぐ、じゃないけど……あぁでも! そんなに長くなくて……」
「移動しよ」
「え?」
「さすがに、ここで話すのは疲れるし」
「………」
「んー。どこかいい場所ないかなー」
肩まである彼女の髪が揺らぐ。自分の背中を通り越した時、何だかシャンプーのいい香りがした。だが今は、感想を抱いている場合ではない。
「教室! ……とか、どう?」
「教室……? まだ戸締りしてなかったの?」
頷きながら、「うん、まだやってない」と答える。
「じゃあいいよ、そこで」
再び教室へと戻ってくる。誰もいない教室からは、野球部や陸上部らが活動を始めている声が聞こえていた。
ハクは真っ先に自分の席へと座った。白石も、ハクに倣って自分の席に腰を下ろす。ちょうど横の席だったから、この際ちょうどよかったというものだ。
「ごめん、急に呼び出したりして……」
その冴えない顔を見て、白石は首を傾げた。
「……なんで、謝るの?」
「白石さん、部活もう始まってるんじゃ……」
「あぁそれは大丈夫だと思う」白石は笑いながら言った。「吹部、始まるの結構遅いから。今ごろみんなおしゃべりでもしてるんじゃない?」
白石はそう言った後、「そういえばなんだけどさぁ」とつけ足した。
「籔島くんって、なんで急にいつも耳塞いだりしてるの?」
「………!」
「何か理由があるの?」
「ごめん。………それは言えない……というか言っても伝わらないと思うから」
白石は不思議そうに目を丸くしている。
「自分でも……わからなくて。なんでこんなことしてるか」
「……ああ」白石は口を開いた。「なんかごめん……。私が無神経だった。今のはなかったことにして」
ハクが「うん」と軽く頷きながら返事をすると、やがて静粛が訪れた。
「……話、なんだけどさ」ハクは言った。「白石さん、吹奏楽部だよね?」
「そうだけど……」
「おれ、今楽器が弾ける人探してて、その……吹奏楽部だったらそういう人たくさんいるかなって思って……」
「楽器って、何でもいいの?」
〈楽器……。
楽器っていってもいろいろあるな。
バンドの中にある楽器だったら……〉
「ピアノ、とか?」
「ピアノかぁ……。あぁ、ピアノならいるよ。すっごく上手い人」
「ほんと!? ……もっとない? その人の情報」
「二年生の……たしか一組の人って前誰かが言ってた気がする」
「その人の見た目とか特徴とかってわかる?」
「えーっとね、名前は菱川すみれって人で……見た目はー…うんとねぇ、ロングヘアで細くて読書が好き。あ、あとちょー美人」
「美人……」
「私はもう慣れたけど、初めて見た時はほんとにびっくりしたな。あんな顔小さくてお人形さんみたいにきれいな人いるんだって」
「……わかった。その、教えてくれてありがとう」
「全然いいよ。あー……朝さ」
「……?」
「ありがとう……落としたの拾ってくれて」
「ああ、うんん全然」
「私そろそろ行かないとだから……もう行くね」
「うん」
「あー……」
「ん?」
「……よろしく、戸締り」
すぐさま彼女は立ち上がって扉の方に移動すると、音が立たないようにゆっくりと戸を閉めた。静かにその場を立ち去っていく彼女の足音を打ち消すくらいには、自分の鼓動の音が大きく頭に鳴り響いていた。
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