隣の席の吹奏楽部女子
「はぁ……」
とても大きな、ため息をついた。
昨日の夜は考えに耽り過ぎた。いつの間にかカーテンの隙間から白い光が差し込んでいて、気づけば朝を迎えていた。つまるところ、一睡もできずに学校に登校してきたわけである。
朝のホームルームが始まる少し前の時間というのは、どこか気だるげ。二学期が迎えてまだ二日目の今日、周りの生徒も自分と同じく退屈そうにホームルームの開始を待っている。
自分の他にも仲間がいたことに多少の安心を抱けたものの――
〈あぁ、どうすればいいんだこういうとき。
冷静に考えたら『楽器が弾ける人』を連れてくるなんて無理にもほどがあるし……。
楽器が弾ける人………そんなのどうやって探し出すんだろ?
……友達いないのに〉
鐘の音が鳴り響くとほぼ同時に、担任が教壇に立つ。間もなく、朝のホームルームが始まった。
担任の話はどうでもいい話ばかりで、筒抜けするように話の内容は流されていく。周囲の生徒も、もうほとんど顔を俯かせていた。
自分としても、この面白みのない話を長々と聞かせられるくらいなら早く終わらせてほしいのにと思う。
音が響かない強さで机の上を指先でつついていると、担任はふと何かに気づいたように声を発した。
「あ、そうだった。そういえば今日、席替えするんだったな。えーっと、どこにしまったっけ……」
担任は、持参してきたバッグの中を漁りだす。
「あったあった。あー、今からこっち側から順に出席番号言っていくから、言われたところに各自移動なー。………えーとこっから――」
『席替え』という言葉を聞くと、思わず胸がざわつく。
友達がいない自分にとって、席替えに望むことはただ一つ。
まあそんな願い、大体いつも地に帰るのだが。
「三十八番」
勢いよくかけ走る先生の口から、ぽろっと自分の番号が聞こえてきた。
一瞬だけ戸惑ったものの、何とか席の位置を特定する。
(後ろ……!?)
気づいたころには皆、荷物をまとめ移動を始めていた。自分も皆に合わせて、慌てて荷物をバッグの中に詰め込む。
と言っても、そんなに急ぐ必要はなかった。新しい席は今自分がいる列の一番後ろ――つまりはそのまますぐ後ろに移動するだけだった。
ほかの移動に困っている生徒たちよりも早く移動を終える。席に座ったまま、皆が教室内を行き交う様子を眺めていると、急に眠気が自分を襲ってきた。思わずあくびをしそうになる。
(あぁ眠む……)
――パシャンッ。
「―――!」
けれどそんな眠気は、目の覚める音によってすぐに吹き飛ばされる。
生徒たちの注意はすぐに音がした方へと向かった。
一体何が起きたのか。ハクは椅子に座った状態で、上半身を横に倒した。
どうやら移動中に誰かが荷物を落としたようだった。床にはまるで散らかったおもちゃのように筆記具があちこちと散乱している。
だがいかんせん、重い荷物を手に抱えた他の生徒たちは助けられそうにない状況だった。当の本人も、重たいバッグを手に持っているから手に負えない様子だ。
彼女は羞恥と困惑をあらわにしていた。首を左右に振りながら周りにSOSを要求している。
そんな彼女を見るなり、自分は椅子から立ち上がった。
腰を下し、床に転がっているその筆記具をささっと拾い始める。
「あの……」
すべてを拾い終えると同時に、前方から声がした。
目の前にいる一人の女子――名前こそ知らないが、この筆箱を落とした本人であることはすぐにわかった。
「あの、これ」ハクは拾った物を彼女に差し出した。
その先に映ったのは、彼女の困ったような顔。それを見た時、急に不安が自分を襲った。
「ごめんなさい……」
ハクはバツが悪そうにそう言った。
「……え、あ、ううん。違う」
しかし彼女は、首を横に振りながらそれを否定した。
「そうじゃなくて……ありがとう、ほんとに助かった」
「…………」
予想外の言葉にぽかんと口が開く。
その隙に、彼女はそそくさと自分の席に着いていった。
(横の席……)
「そこー。大丈夫か?」突然担任が声を上げた。
見渡せば皆はもうすでに着席していて、全員の注意が自分に向けられていた。
ハクはすぐさま顔を赤らめ、慌てて席に戻った。
「大丈夫です」
そう返事を返したのは、隣の女子。
ハクは一瞬だけ彼女の方に首を向けたが、すぐさま顔を元に戻した。
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