塚田①
サイダーからあふれた泡のような雲が浮かんでいるのを塚田は教室の窓から眺めていた。
「先生、なに見てるんですか?」
寝ぼけたタヌキみたいな顔をした女子生徒、村川が訊ねてくる。
「空と雲」
「なんかそんな名前の小説ありませんでしたっけ?」
「罪と罰じゃね?」襟足を伸ばしている男子生徒、朝山が言う。
「戦争と平和もありえるよ」
眼鏡をかけた男子生徒、越田が朝山の方へ振り返る。
「どっちも知らない」村川が笑う。
「なんだよそれ」朝山と越田も笑った。
「お前ら、まじめに自習しろよ。わざわざ学校来てるんだから」
「してますよ。ねえ?」村川が男子二人に同意を求める。
「この夏一番の本気だしてますよ。今日の俺は」
「朝山。ならその真っ白なノートは、なんだ?」
「やっと気づいてくれましたね。わからないから訊こうと思っていたんです」
「なら、さっさと職員室に来いよ。見回りにくるまで待ってるんじゃねーよ」
「俺、受け身なんですよ」
「知らねえよ」
「まあ、いつも告白される側なんで、別に問題はないんですけどね」
「越田、こいつ殴っていいか?」
「どんな理由があろうとも体罰になるのでやめておいたほうがいいです」
「卒業したら覚えとけよ、この野郎。グーで殴るからな」塚田は拳を握った
「教師の言うセリフじゃないですよ」朝山が笑う。
「せめてパーにしてあげてください」越田が右手をパーにして言った。
「そこはあえてのチョキでしょ」村川が指を二本、前に突き出して越田の方を向くと、
「私の勝ちー」
「いや、これは違うだろ」
「だったら、ちゃんとじゃんけんしよ、じゃんけんホイ」
村川が勝った。「イエーイ、祭りのときなんか奢ってもらおっと」
「あんまり高いのは無理だよ」
「えっ、本当に奢ってくれるの?」
「まあ、いいよ。別に」
「やったあ、ありがとう。じゃあ、先生もじゃんけんしよ。私が買ったらなんか奢ってね」
「お前、マジか。マジて言っているのか?」
「いいじゃん、とりあえずやろ。ほら、じゃんけんホイ」
塚田が勝った。村川はつまらなさそうな顔をして、
「空気読んでよ、先生」
「知るかよ。とにかく調子に乗って遅くまでいるなよ」
「はーい。ねえ、先生は今日のお祭り行くんですか?」
「行くよ。見回りにな」
「大変ですね」
「気遣ってくれるなら、問題を起こさないでくれよ」
「起こしませんよ。私、品行方正なんですから」
「だったら遅刻を減らす努力をしてくれよ」
「そうだよ。十九時の待ち合わせ遅れるなよ」
朝山の言葉に「うるさいよ」と返す村川を越田が見つめている。
「お前ら、何時まで自習するんだ?」
「もうそろそろ帰りますよ。そこから帰って準備して祭りに行きます」朝山が答えた。
「何度も言うけど、あんまり遅くなりすぎるなよ」
「はーい」三人が声をそろえて返事をした。
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