第41話 結末

「歳の差なんて、愛の前には関係ないのよ!!」

「愛なんて、あなたと公爵様の間にはありませんもの! それよりも公爵様は、年齢差に大変敏感なんですのよ!」

「だったらアタシが、歳を取らないようにしてあげればいいだけじゃない!!」

「それでも、その年齢差は埋まりませんわ!!」


 とてつもなく年上の魔女か。はたまた、成人したばかりの若い聖女か。どちらを選んでも、色々な意味で問題しか残らなそうではあるが。

 ダークブロンドとホワイトブロンドという、対照的な二人を眺めながら。ふと、デューキは無意識のうちに呟いた。


「せめて、人ではありたいものだな」


 それは本当に、小さな小さな呟きだったにもかかわらず。直前まで言い争いを続けていた魔女と聖女が、その口を完全に閉じて。ものすごい勢いでこちらを向くほどの威力があったようだ。


「公爵様……」

「今、なんて……?」

「えっ……」


 強大すぎる力を持つ二人に、真っ直ぐに見つめられて。今日だけで淡いアメシストの色も、ワインレッドの色も恐怖の対象になってしまったデューキは、思わず固まってしまうが。

 どうやら、それが許されるような状況ではないらしい。


「人で、ありたい……?」

「そう、おっしゃいましたよね……?」

「え、あ、はい」


 思わず反射的にそう返事をしてしまってから、なんと間抜けな答え方だろうかと、どうでもいいことを考えてしまうくらいには。もはや現実逃避するのに、いっぱいいっぱいだったのだが。

 そんなデューキの様子など、お構いなしに。


「そんなっ……! アタシは、この先ずっと一緒にいたいのに……!」

「公爵様、わたくしならば人として、一生を共にできますわ!」


 落ち込む魔女と、ここぞとばかりに自分を売り込んでくる聖女。

 だが、デューキにはどうしても納得がいかない部分があった。


「その……大変申し上げにくいのですが。成人したばかりで、私以外の男性陣を知らないままというのは、選択の幅を狭めてしまうことに繋がりますし……」


 そう、そこだ。

 聖女はようやく成人したばかりで、今までは教会の外に出たことがなかったのだから。もう少し新しい世界を知ってからでもいいのではないかと、本気で思っている。


「なにより、呪いのせいで女性に触れられないことを憐れに思われてのことであれば、なおさら私である必要はないのです」


 そもそも彼女のような、若く地位もある女性が。わざわざ壮年の呪い持ちの男なんかに嫁ぐ必要など、どこにもない。

 の、だが。


「わたくしは……幼い頃より、公爵様に嫁げる日を、ずっと夢見てきたのです」

「え……」


 突如始まる、聖女の告白に。なにも知らなかったデューキは、本気で焦ってしまう。


「十四歳差など、貴族間ではよくあることだとお聞きしました」

「いえ、あの……。よく、というほどでは、ありませんが……」

「ですが、非常識ではないのですよね?」

「それは、まぁ……そうですね」


 確かにそういうことは、時折あるのだ。色々な事情が重なって、夫婦の年齢差が大きくなってしまうということは。

 だがそれは、政略結婚の場合の話であって。自分で自由に相手を選べるはずの聖女には、当てはまらないはずだった。


「でしたら、わたくしが公爵様に嫁ぐのも、不可能ではないのではありませんか?」

「そ、れは……」


 不可能ではないが、受け入れていいのかどうかは、また別問題だ。そう、デューキとしては思うのだが。

 どうやら、聖女の考えは違ったらしい。


「まさか公爵様は、年上がお好きなのですか……!?」

「い、いえ! そういうわけでは……!」


 ここでさらに厄介な話になっては、それこそ大問題だろう。

 というよりも、現在のデューキよりも年上となると、未亡人ぐらいしか存在していない。それはなんとも、外聞が悪すぎる。


「それともわたくしよりも、魔女と婚姻を結びたいとお考えなのですか……!?」


 それは、もっと外聞が悪い。

 いや、外聞が悪いという次元ですらない。王家出身者が、魔女と縁づきたいなどと。嘘でも口にしていい言葉ではないのだ。

 だから、つい。


「いいえ、まさか! 魔女と夫婦になるくらいならば、今ここで喉を掻っ切って死んでみせます!」


 本心を、口にしてしまった。

 その瞬間。


「なんでよぉぉ!! アタシはこんなに好きなのにぃぃ!!」


 なんと、魔女が号泣してしまうという予想外の展開になってしまって。

 これには、誰もが信じられず。訳もなくオロオロしだす者や、ぎょっとして固まってしまう者と、様々だったが。


「死んじゃやだぁぁ!!」


 先ほどまで色気たっぷりに男を誘惑しようとしていた、いい歳をした人外にあたる女性が。まさかこんな風に、子供のように声を上げて泣き出してしまうなど。

 こんな結末、誰が予想できたというのか。


「ふむ。確かに、死なれては困るな」


 しかも、なぜか一人だけ。とてつもなく冷静に、そんなことを口にした国王は。


「それだけ魔女を拒否したということは、婚姻相手は聖女で決まりだな」


 冷静な口調のまま、けれど顔は笑顔で、そう告げた。完全なる、決定事項として。


「え……!? いえ、陛下! お待ちくださ――」

「お前の選択だ。私は受け入れよう」

「いえ、ですからっ……!」

「嬉しいです、公爵様……!」


 否定しようにも、国王からも聖女からも邪魔をされて。一向に、デューキの言葉は届かない。

 そうして、結局。


「デューキのバカぁ!! 死んじゃいやぁ!! でも大好きぃ!! うわぁ~~ん!!」


 どうしてそうなったのかは、全く理解できないが。一人泣き喚きながら、魔女がこの場を去ったことで。事実上、聖女の勝利という形で幕を閉じたのだが。

 はたしてこれが、本当に予定通りだったのか。それとも、本来は別の方法を用意していたのか。それすら、分からないまま。


「納得できません!! 陛下!!」

「いやぁ、よかったよかった。これで私も、ようやく安心できる」

「陛下ぁ!!」


 魔女と同じように、必死で訴えかけたデューキの声は。


「おめでとうございます!」

「公爵閣下、聖女様、おめでとうございます!」

「おめでとうございます陛下!」


 周りの祝福の声と。


「えぇ。実は、幼い頃に……」

「聖女様。そのお話、詳しく聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」

「もちろんです」


 聖女を囲んで行われている、女性陣の楽しそうな声にかき消されて。


「陛下! 私の話を聞いてください! 陛下ぁ!!」


 最後まで、誰にも届くことはなかった。





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