第40話 選択

「陛下……?」


 場所が場所なので、さすがに「兄上」とは口にしなかったが。正直なところ、この状態でまだ何事かを考えられるという、その胆力が。ある意味デューキには、信じられなかったのだ。

 しかし、すぐにデューキは後悔することになる。気がつかなければ、もしくは気がついたところで話しかけなければ、まだ逃げる道はあったのかもしれないのに、と。


「どうやらお前は、力ある者に好かれる運命にあるらしい」

「いえ、あまり嬉しくはない運命なのですが……」


 つい、正直な気持ちが口をついて出てしまうが。今ばかりは、誰もが納得してくれることだろう。実際デューキから見える範囲でも、幾人いくにんかの貴族たちが、深く頷いていたのだから。

 そもそも、誰が喜ぶというのか。聖女だけならばまだしも、魔女から好かれる人生など。そんな運命、誰だって遠慮したいものではないのか。


「だが、どうやらそれが真実のようだ」

「……現実だと、認めたくないのですが」

「残念だが、これは夢ではない」


 しかし、残酷な言葉をいとも容易たやすく口にするその姿は、まさしく国王としてのそれで。そしてこうなってしまえば、なにかしらの問題解決がなされるまで解放されないことは、目に見えていた。

 だからこそ、この状況を長引かせたくない一心で。


「では、陛下はこの現状を、どう解決するのが一番だとお考えですか?」


 そう、デューキは口にしたのだ。

 そもそも最初の話では、魔女をおびき出してから、聖女がその力を削ぐという話だったではないか。それなのに蓋を開けてみれば、女たちのただの言い合いに巻き込まれたような状態。

 一番の被害者は誰なのかということは、この際置いておくとしても。どう考えても今のままでは、あの二人は止まらないだろうし。下手すれば、窓ガラス以上の被害が出てしまう可能性だってある。


「そうだなぁ……」


 城を半壊させられるくらいならば、今のうちに手を打ってしまいたいというのが本心ではあるのだが。その方法が思い浮かばないので、どうしようもないのだ。

 最悪、争いの元となっている自分の命を絶ってしまおうかと、本気で考え始めてしまうくらいには。デューキはこの現実に、嫌気が差し始めている。

 それに気づいているのか、いないのか。国王はデューキに向けて、ニヤリと悪そうな笑顔を向けた後。ぐるりと、部屋の中を見回してから。


「聖女殿と魔女殿以外で、デューキ・ブッセアー公爵との婚姻を望む者はおるか!」


 広間中に聞こえるような通る声で、そんな風に問いかけたのだ。

 これに驚いたのは、デューキだけではなかった。聞かれた側の貴族たちもだが、なによりも驚いていたのは、言い争いを続けていた聖女と魔女。


「認めないわよ!」

「公爵様に触れられる女性は、わたくし以外に存在しておりませんわ!」


 揃って国王へと向かって、そう吠えるように抗議するが。そんな女性陣二人に向かって、国王は場違いとも思えるような、穏やかな笑顔を向けると。


「機会は同じように与えなければ、不公平になってしまうだろう? それともまさか、ブッセアー公爵に選ばれる自信がない、とでも申すのか?」


 口調は表情と同じように穏やかでありながら、明らかに挑発しているとしか思えない言葉を、平然と口にしてみせたのだ。

 それに二人は、グッと押し黙ったあと。


「いいえ、まさか。選ばれるのは、当然アタシよ!」

「わたくしを選んでくださるに決まっていますわ」


 先ほどまでの醜い言い合いが嘘のように、それだけを言って。けれど今度は、二人してにらみ合う。

 淡いアメシスト色の瞳と、ワインレッドの瞳から、まるで火花が散っているようにも見えるのは。錯覚なのか、本当に見えない力がぶつかり合っているのか。

 だがデューキは、あえてそれには気づかなかったふりをして。


「陛下! いくらなんでも、それは横暴ではありませんか!?」


 それよりも、この状況をさらに悪化させる可能性がある言葉を発した人物に、必死に食って掛かる。

 むしろ今抗議しておかなければ、自らの選択の幅を本当に狭められてしまうと思ったのだ。なにせ相手は、聖女と魔女。特に魔女を相手に、自らもと名乗りを上げてくれるような女性が、他にいるとは思えなかった。

 事実、この場に残っている数少ない女性陣は、デューキや国王と目が合うと、スッとその視線を逸らしてしまうのだから。


「私は、なにもおかしなことは言っておらぬよ。お前との婚姻を望むということはつまり、そこの二人を相手にする覚悟がなければならないのだからな」

「それが横暴だというのです!!」


 そもそも、どうしてそこと対峙する前提なのか。しかも解呪すらしていない、この状況で。

 このままでは本当に、二人のどちらかと婚姻を結ぶことになってしまうような気がして。焦りから、必死に止めようとするが。


「ふむ……。どうやら、誰もいないようだな」

「当然です!! 誰が聖女と魔女を敵に回してまで、呪われている男に嫁ぎたいというのですか!!」

「では、やはり残るのは聖女と魔女の二人だけだな」

「陛下!!」


 どうやったって、その声は届きそうにない。

 そうしてなぜか、必死な形相のデューキのことなど、完全に無視するように。


「デューキ・ブッセアー公爵。お前に、選択する権利を与えよう」


 いい笑顔で、この国の王は口にするのだ。


「聖女と魔女、どちらと婚姻を結ぶかを、選択する権利を」


 最終通告のような、恐ろしい言葉を。


「陛下!?」

「国としては、聖女を選んでもらいたいところだがな。お前の人生だ、好きに選べ」

「そんな……! 他に選択肢はないのですか!?」

「ない。……というよりも、どちらかを選ばなければ納得しないだろう? なぁ?」


 国王が語り掛けた先は、明らかにデューキよりもさらに向こう側。つまり。


「当然よ! 選ばれるのはアタシだけどね!」

「もちろんですわ。公爵様は、きっと正しい選択をしてくださると信じておりますもの」


 もはやデューキへの恋慕の情を隠そうともしていない、二人の女性。その視線はまるで、獲物を狙う肉食獣のよう。

 それに思わず、身震みぶるいしてしまうデューキだが。なおも食い下がろうと、口を開こうとする前に。


「そもそも、小娘のそーんな貧相なカラダじゃあ、オトコを満足させられないんじゃなぁい?」


 胸元の開いた、体の線がしっかり浮き出るような、黒いドレスのような服を着た魔女が。まるで強調するかのように、両腕で胸を寄せてみせると。


「ね~ぇ? アタシのほうが、いいオンナのカラダをしてるでしょう?」


 そんな風に、誘惑してくる。

 それに生唾を飲み込んだのは、デューキではなく。デューキの向こう側で、その姿を直に目撃してしまった男たちのほうだった。

 だが、そんなことをされて黙っている聖女ではない。


「あらぁ? 長く生きていらっしゃる割に、外見でしか勝負できる場所がないようですねぇ。さすがに百歳近く年齢差があることは、とっても不利ですものねぇ?」

「え……?」


 衝撃的な事実が、その口から飛び出せば。その場にいた全員が、魔女へと視線を向ける。

 だが、どうやらそれは魔女にとって、一番隠しておきたい真実だったようだ。


「こんのっ……! 小娘ぇ!! いい度胸じゃないか!」

「残念ですが! 男性とはいつの時代も、若い女性が好みなのですよ!」

「数十年もすれば、老けてヨボヨボになるクセに!!」

「同じように年齢を重ねられる分、より公爵様を理解できますもの!」


 またしても、不毛な言い争いが始まってしまうが。そのせいでむしろ、どうやら聖女の言葉は本当のことらしいと、全員が理解し始める。

 ということは、つまり。


「……どちらを取っても、歳の差婚か」


 誰かが冷静に、そう呟いた声が。やけに大きく聞こえたように、デューキには感じられた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る