第39話 あるいは、聖女と魔女の仁義なき戦い

「はああぁぁ!?」


 それに反応したのは、魔女だけではなく。周りで成り行きを見守っていた貴族たちも、一斉にざわつき始める。


「公爵閣下が!?」

「聖女様と、だと!?」

「まさか、そんなっ……!」

「いや、だが。確かに聖女様は、閣下のお屋敷に足しげく通っていらっしゃると聞いたことがある」

「あぁ。てっきり、呪いを解くためだと思っていたが……」


 こういった噂話は、一度広がってしまうと取り返しがつかない。それは、デューキもよく知っていた。

 だからこそ。


「ちょっ!? そんな予定はありませんよ!?」

「あら。公爵様、お忘れですか? 以前、お約束したではありませんか」

「そんな覚えはございません!!」


 必死に否定するのだが、どうにも聖女は聞き入れてくれない。

 それどころか。


「つれないことをおっしゃらないでくださいませ。あの日のことを、覚えていらっしゃらないのですか?」

「いつの日のことですか!!」

「あの、二人きりで一夜を過ごした日のことを……」


 ありもしない事実をでっちあげ始めたことに、魔女とは違う恐怖を覚える。


「そんな記憶はありませんし、捏造ねつぞうはやめていただきたい!!」

「いいえ、公爵様はわたくしと、二人きりで夜を過ごしております」

「呪いの関係で確かにあったかもしれませんが、誤解を生む言い方はやめていただきたいのですが!?」


 これは、本当に今ここでしっかりと否定しておかないと、事実として広まってしまう。


「公爵閣下が、聖女様と……」

「いや、可能性は否定できない」

「実際、呪いが発動したのはいずれも夜だった」

「夜会であれば、閣下がお酒を召していたとしても、不思議ではないですね……」

「もしくは、それも呪いの影響なのか」


 現に周りの空気は、少しずつ聖女のほうへと傾き始めているのだから。まるで、デューキが酒にでも酔って、記憶が抜けているかのように捉えられている。

 これはまずいと、本格的に思い始めていたところに。


「いい加減なことを言うんじゃない! この狡猾こうかつ聖女! アタシは全部見てたから、そんな事実がなかったことも知ってるのよ!」


 なぜか、助け舟を出してくれたのは。先ほどまで聖女と言い争っていたはずの、魔女だった。

 だが、それはつまり。


(全て、見られていた……?)


 呪いに施されていた機能は、盗聴だけではないということに他ならない。そして同時に、城内の構造も知られていた可能性が高いという、大変危険な状態だったということだ。

 少なくとも、目の前にいる魔女は。この国の王の部屋へと通じる道筋を、全て知っているのだろうから。


(兄上……!)


 自らの危機感のなさから、大切な人を危険に晒してしまうのではないかと、壇上の国王を見上げるのだが。なぜかそこには、楽しそうな笑顔を浮かべている兄の姿があった。

 正直、こんな時にどうしてそんな表情をしているのか、デューキにはさっぱり理解できない。

 だが、そんなデューキを置き去りにして。聖女と魔女の言い争いは、さらに加速する。


「むしろアンタのほうが、よっぽど迷惑だったじゃないの! なにが聖女よ! 脱がせることばかり考えてたくせに! 素肌に直接触れたいなんて、破廉恥聖女もいいところじゃない!!」

「治療ですもの。それよりも一目惚れしたからって、その場で他の女性と恋仲になれないように呪いをかけるなんて、迷惑魔女もいいところですわ!」

「なによ! この破廉恥聖女!」

「恋愛の仕方も知らない、迷惑魔女!」


 いや、加速というよりも。これではもはや、醜い女の戦いだ。

 一人の男を巡って、力ある女たちが熾烈しれつな言い争いを繰り広げる様は、ある意味大変珍しい見世物と化しているのだが。気づいていないのは、本人たちだけだろう。


(そもそも、聞こえてくる会話が……)


 聖女と魔女の戦いとは思えない気がするのは……気のせいだろうか?

 そんなことを考えながら、デューキがふと、国王に視線を向ければ。先ほどとは違い、憐れむような眼でこちらを見ていて……。


(って! そんな目で見ないでください兄上!!)


 思わず、そう言いたくなってしまったけれど。喉元まで出かかっていた言葉を、なんとか飲み込む。ここで自分がそれを口にしては、さらにややこしくなるだけだと認識しているからだ。

 とはいえ、さすがにこの状態は、誰にも割って入ることなどできないし。


(……いや、それもだが)


 どうやら自分は、魔女に惚れられていたらしい。聖女の言葉で、デューキは今初めて、そのことを知った。

 つまり魔女の執着とは、そういったたぐいのもの。そして聖女はそれに気づいていたからこそ、こうしてまんまと魔女をおびき出すことに成功したのだろう。

 ということは、だ。


(まさか、先ほどの言葉もこのために……?)


 ないとは、言い切れないが。だがそれにしては、あまりにも言い合いが白熱しすぎている。

 もちろん、今までのことを全て含めた上で、聖女が魔女へ怒りを覚えていたとしても不思議ではない。であれば、もしかしたら婚姻云々うんぬんの話そのものが、このための布石ふせきだった可能性すら、出てきたわけだが……。

 などと深読みしすぎているデューキを、完全に置き去りにして。


「必要もないのにベタベタベタベタ……! 長時間手を握ってたり、太ももに手を置いてたり……! ただのふしだらな女じゃないの!!」

「ま~ぁ! 覗き見なんて趣味が悪いですわぁ! そちらこそ、公爵様のどんなお姿を盗み見ようとしていらしたのか、分かったものではありませんわね!」

淫乱いんらん聖女!!」

色欲しきよく魔女!!」


 もはや二人の言い争いは、低俗なものへと成り下がっていて。女同士の争いというよりは、子供同士の言い争いにも近いものがあった。

 あるいは、聖女と魔女の仁義なき戦いとは、こういうものであると言われてしまえば。この状況に頭が追いついていない人物であれば、逆に納得してしまうかもしれない。

 それだけ、意味の分からない状況ではあるのだ。デューキにとっても、貴族たちにとっても。

 だが。


「……さて、どうしたものかな」


 この状況下で、たった一人。小さくそう呟いた人物に、デューキは急いで目を向ける。

 なぜならば、それは。魔女の乱入以前から玉座に座ったままの、敬愛する兄の声だったからに他ならない。





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