第38話 聖女と魔女

 聖女と魔女。相反する力を持つ二人が、同じ場所に並んで存在していることこそが、そもそも稀有けうな状況なのだが。


「想定の範囲内でしたが、まさか本当に全てのガラスを割って入ってくるなどという、野蛮なことをなさるなんて……」

「うるさいわね! 元はと言えば、アタシのモノを奪おうとした小娘が悪いのよ!」

「まぁ! 公爵様を物のように扱うなど、なんて酷いことなのかしら」


 なぜか最初から激怒している魔女と、冷静に彼女の言葉に返す聖女。

 明らかに一触即発いっしょくそくはつの雰囲気が漂う中、ホールに残る人々は彼女たちの動向を、固唾かたずを飲んで見守っていた。


「アタシの印があるのを分かっていて、アンタは手を出したんでしょう!?」

「あら、なんのことでしょう? わたくしが多くの方に相談されたのは、公爵様の呪いを解く方法だけですわ」

「このっ……!」


 気のせいだろうか。普段よりも、聖女の言葉がきつい気がする。

 口調や声色は、別段と変わりないようにも聞こえるけれど。言葉の端々から魔女を見下すような、馬鹿にするような雰囲気が感じられるような気がするのだ。


(魔女相手だから、か?)


 いくら相性的に有利とはいえ、相手は人の枠からは外れている存在。相対するのであれば、それ相応の勇気が必要になるだろう。

 となると、もしかしたら緊張しているのか。それとも、わざと魔女を挑発しようとしているのか。

 いずれにせよ、下手に口出しせずに見守るしかないと、覚悟を決めるデューキである。


「それにしても、本当に作戦通りおびき出されてくださるなんて。案外、素直なんですね」

「アンタが好き勝手しようとしてるのを、止めに来ただけよ!」

「まぁ、好き勝手になさっていたのは、そちらのほうではなくて?」


 それに、思わず頷きたくなってしまうデューキだが。とりあえず今は、聖女の後ろで大人しくしておくことにして。

 そっと周りを見渡せば、危険を感じた者たちは、騎士たちの指示に従って会場の外へと向かっていて。逆に、聖女と魔女の対決に興味がある人物は、巻き込まれないようになのか部屋の端に寄って、興味深そうにこちらに視線を向けていた。

 肝の座り具合には驚くが、それよりも驚いたのは。


(兄上!? なぜ玉座に座ったまま、お逃げにならないのですか!?)


 そうなのだ。なぜか、この場で最も守られなければならないはずの人物は。そこから一歩も動こうとはせず、ただこちらを静観していた。

 正確に言えば、聖女と魔女のやり取りを、だが。


「バカ言わないでくれる!? それに、話を逸らすんじゃない!」

「あら、そんなつもりはなかったのですが。ただ、お相手の気持ちも考えず所有物扱いなさるのは、人間の感覚としてはあり得ないのですよと、親切に教えて差し上げなければと思っただけですもの」

「はぁ!? アタシが印をつけたんだから、その瞬間からアタシのモノになるに決まってるじゃない!」


 ちなみに彼女たちが言い合っている間に、デューキを誘導しようとする騎士はいなかった。当然だろう。彼が動いてしまえば、その時点で魔女もなにかしらの行動に移す可能性があるのだから。

 下手に刺激しないこと。これが常人における、魔女の扱い方の基本なのだ。

 そしてそれは、デューキとて同じこと。逃げるでもなく口を開くでもなく、ただその場で二人のやり取りを眺めているしか、できることはない。


「その考え方が、間違っていると申し上げているのです。そもそも公爵様は、あなたのことをなんとも思っていらっしゃらないのですから。ただの被害者なのですよ?」

「心なんて、あとからどうとでもなるわ!」


 いや、それは違うだろう。そう思ったのはきっと、デューキだけではなかったはずだ。

 だがよくよく考えてみれば、相手は魔女だ。気に入った存在の心を操ることも、もしかしたら可能なのかもしれない。


(……ゾッとするな)


 魔女が自分に望んでいることが、なんなのか。その内容にもよるが、もしかしたら都合のいい召使いのように、あらゆることを要求されるかもしれないのだ。恐ろしすぎるだろう。

 そもそも、なにを気に入って所有物だと言い張っているのか。ただ顔が気に入っただけならば、コレクションのように飾られる可能性だって、ないわけではない。

 よくて、好みの男をはべらせたいだとか、その程度かもしれないが。同時に、男娼だんしょうのように夜の相手をする必要だって、出てくるかもしれないのだ。


(そうなったら、いっそ死を選ぶか)


 その必要性も、出てくるかもしれない。なぜならば、これでもデューキは王家に連なる者だから。

 エテルネル王国の王家の血筋を、魔女などという人外の存在に渡すわけにはいかない。それだけは、なんとしてでも阻止しなければ。

 それに、いつまで魔女が自分を気に入ったままでいてくれるかも、分からないのだ。その後の保証がない以上、あらゆる可能性を考えておかなければならない。


「そのようなこと、わたくしが許しません。聖女の名に懸けて」


 だが、魔女の前に立ちふさがっている聖女の背中は、とても頼もしく。自分どころか魔女よりも小柄であるにもかかわらず、その両の足でしっかりと立っていた。

 まだ成人したばかりの、十以上も歳が離れた女性に守られるという、男としては大変情けない状況ではあるが。こればっかりは、聖女に頼るしか方法はない。


(だが、ここからどうやって魔女の力を削ぐつもりだ?)


 今はまだ、言葉だけのやり取りのはず。そして聖女の言葉が魔女に響く様子は、今のところ一切感じられない。

 いったいどんな秘策があるのだろうと、後ろから見守っていたデューキに対して。聖女は、突然。


「なにより公爵様は、いずれわたくしと婚姻を結ぶ予定なのですから」


 毛先が薄いピンクがかって見える、ホワイトブロンドの長髪をふわりと揺らして、笑顔で振り返ると。後ろに立っていたデューキに両手を伸ばして、その腕に抱き着いたかと思ったら。

 そのまま、淡いアメシスト色の瞳でうっとりと見上げながら、衝撃的な言葉を口にしたのだった。





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