第36話 呪われ公爵と聖女様

 華やかな音楽に、色とりどりのドレス。きらびやかなこの場所は、多くの人々にとって楽しい社交の場だが。デューキには、いい思い出があまりない。

 そのためこの場にいることも、出席すると表明したこと自体も、正直なところ憂鬱ゆううつに近いものを感じてしまっていた。

 正式に夜会への参加ができるようになった年に、魔女から呪いを受けてしまったために。危険な場所だという認識になってしまったこともあるが。長年不参加だったため、こういった場があまり得意ではなくなってしまったというのも、要因のひとつだろう。

 しかも。


「公爵閣下がお出になるというのは、本当だったのね」

「お隣にいらっしゃるのは、聖女様だろう?」

「白は聖女様のみに許された色だからな。あの色のドレスをお召しになっているということは、そうなんだろう」

「素敵だわ……」

「呪われ公爵と聖女様か。いっそその聖なるお力で、公爵閣下の呪いを解いていただければ……」

「そのための、今回の夜会なのではないか?」


 あちらこちらから、ひそひそと話し声が聞こえてくる。その全ての視線が、こちらへと向けられていて。


(呪われ公爵と聖女様、か)


 言い得て妙だと思ってしまったのは、それが侮蔑ぶべつの意味を含んだ言葉ではないと知っているからだ。

 どちらかといえば、侮蔑よりも憐れみに近いその呼ばれ方は。あまりにも長いこと耳にしすぎてきたいせいで、もはやデューキの二つ名のようになっている。

 実際、魔女から呪いをかけられてしまっているので、事実でしかないのだが。妙に語感がよすぎるので、定着してしまったのだろう。


(しかし……)


 自らがエスコートしながら、隣を歩く聖女へと目線だけを向ければ。普段とは違い大胆に肩を出した、白のドレスを纏った姿が。

 花のような髪飾りは普段と同じだが、白い真珠の耳飾りが揺れているというのに。気になるのは、やはり服装のことばかり。そもそも本当にドレスを持っていたことに、まず驚いたのだ。

 ただ、薄く透けるレースのストールを、肩からかけてはいるものの。肩口で結ばれた細い紐が、しっかりと見えているあたり。あまり意味がないように思えてしまうのは、気のせいだろうか。

 内心そんなことを考えながら、けれど表面上は完璧なエスコートでホールの中央へと進むデューキに、聖女はわずかに目を伏せた状態のまま小さく口を開いた。


「なにか、おかしなところがありますでしょうか?」

「あ、いえ。ドレスも白一色なのだと、改めて認識したといいますか……」

「ふふ。聖女も白色であれば、ドレスを所持することが許されているのです」


 さすがに、本音を口にするわけにはいかないと思ったのだが。どうやら彼女には、ドレスを持っていたことに驚いていたことを見透かされていたらしい。

 だがそこは、咄嗟についた嘘を指摘するのではなく、ごく自然な流れで疑問にも答えてくれる。あくまで、ただの会話として。

 この察する能力と教養の高さに、普通の貴族令嬢以上のものを感じて、毎回驚かされるのだが。その分どうやったって、頭が上がらない。


「緊張、されてますか?」

「……お恥ずかしながら」


 現にこうやって、隠したい部分まで見破られてしまうのだから。ここまでくると、本当にもうどうしようもない。

 同時に、普段とは違う大胆なドレスのデザインにも驚いていたことには、どうか気づかないでくれと願うデューキである。

 そんなことを考えていては、余計に意識してしまいそうなので。せっかく聖女から話題を提供されたのだから、それに乗って。


「ただ、夜会への参加ということ以上に、婚約者でもない相手が聖女をエスコートするなど、前代未聞ですから」

「そこは、あまりお気になさらないでください。それは皆様も、よくご存じのことですから」


 素直に今の気持ちを言葉にすれば、今度はそんな風に返ってくるが。正直、今回のこの夜会の開催がなぜ許されたのか、デューキはいまだに疑問なのだ。

 そもそも今回は、魔女をおびき出すという明確な理由がある。そのため危険を伴うので、その旨を事前に通達されているのだが。にもかかわらず、これだけの人数が参加しているというのは。


(理解しがたいな)


 本来であれば、そんな目的のために開かれるなど、許されないはずなのだが。なぜか許可が出てしまったのは、主催者である国王陛下が兄である以上、まぁ理解はしよう。

 だが、それに自ら参加するという決断を下した貴族たちの、その考え方が。はたして怖いもの見たさの興味本位なのか、それとも危険性を理解していないのか。判別しづらいのも事実。


「ご安心ください。陛下とも事前にお話しをした上で、万全の体制で準備を進めましたから」

「ですが、相手はあの魔女ですよ?」


 人智を超えた、その存在。いかな聖女とはいえ、どこまでそんな相手に対応できるのか。

 大前提として、これだけの人数の中、はたして本当に全員を守り切ることができるのかというのも、疑問ではあるのだ。


「やはり、別の方法を選ぶべきだったのでは……?」

「いいえ、公爵様。大勢の目に触れているという、この状況こそ、魔女はとても嫌がるはずです」

「この状況が、ですか?」


 現段階では、ただの夜会にすぎないこの場を、どうして魔女が嫌がるというのか。そしてどうして、聖女はそこまで自信に満ちているのか。

 なにもかもが疑問に満ちていて、もはやデューキは疑問を口にすることしかできない。


「以前にもお話しさせていただきました通り、おそらく魔女は公爵様を、自分の所有物と考えていると思われます」

「そう、ですね」


 確かにこの作戦を提案された時にも、聖女にそう言われたが。実際に魔女からも直接、しかも二度も言われていれば、嫌でも覚えるというものだ。

 個人的には、誰かの所有物になった覚えはないのだが。それが通用するような相手ではないことも、よく分かっている。


「ですので、その意に反して公爵様が大勢の目に触れ、かつこうして、わたくしをエスコートするというのは、とても気分を害する行為にあたるのです」

「そういう、ものなのですか?」

「そういうもののようです。特に、不可侵の森の魔女にとっては」


 二人に面識はなかったはずなのだが、本当にどうしてここまで言い切れてしまうのか。本当に、謎でしかないのだが。

 とはいえ、聖女がそこまで言うのであれば、おそらくそうなのだろう。むしろそういうものなのだと、納得しておくしかない。でなければ、この場が無駄になってしまうのだから。


「なので、公爵様」


 国王入城のファンファーレが鳴り響く、その直前。


「本日は肩の力を抜いて、心から楽しみましょう」


 向けられた穏やかな笑顔と言葉に、きっとそれが一番いい方法なのだろうと、自分を納得させて。デューキはしっかりと、頷くのだった。





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