第34話 選択肢はひとつ

「魔女を、おびき出す?」

「はい」


 いやいや、そんなにハッキリと、いい笑顔で答えらえても。などと思うデューキではあったが。


「そもそも、どうやって魔女をおびき出すのですか?」


 まずは、そこだ。方法が分からない以上、賛否さんぴもつけがたい。

 魔女という存在は、人間の枠には当てはまらない。どこに喜びや悲しみや、怒りに繋がるきっかけがあるのかが分からない以上、下手に刺激するなというのが定石じょうせきなのだ。


「簡単なことですよ。魔女は公爵様を、所有物として捉えているようですから。意に沿わない行動を起こすだけで、すぐに姿を現すはずです」

「意に沿わない、行動……?」


 それを言うのであれば、今だってそうなのではないだろうかと考えてしまうのだが。呪いの発動を抑制するための治療の最中に、魔女が乱入してきたことは一度もない。

 もちろん、魔の力は聖の力に弱いと言われているから、なのかもしれないが。


「前回、魔女が侵入してきた際の状況を、覚えていらっしゃいますか?」

「令嬢が操られていた、あの夜会の日のことですか?」

「はい」


 あの日は確か、聖女は巡礼へと出かけていて。事前に、エテルネル王国に入国予定の商人へと接触していたのか。彼らを利用したと、魔女本人が語っていた。

 これは誰にも伝えられないため、おそらく聖女たちは今も、結界が一時的になくなっている隙を狙って、魔女が侵入してきたと考えているのだろう。

 となれば、だ。


(同じ方法で、いくらでも侵入は可能か)


 ならば、おびき出すことも難しくはないのかもしれない。

 だが。


「同じことをすれば、また関係のない人物が犠牲になるのではありませんか?」


 例の令嬢は、今もふさぎ込んでいると聞いている。

 だからこそ、これ以上そんな犠牲を増やすわけにはいかないと、届いた全ての招待状に対して、欠席の旨を伝えているのだ。それは夜会以外も、例外ではなく。

 けれど聖女は、どうやら少し違う考え方をしているらしい。


「全く同じ条件である必要はないのです。今回はそのために場所も用意した上で、常にわたくしがお隣でお守りいたしますので、ご安心ください」

「隣で……?」


 聖女がいるのであれば、確かに安心はできるのだが。常に隣でという言葉の意味が、よく分からない。

 いったい聖女は、どういった場所を用意して、どう迎え撃つつもりでいるのか。特殊な力を持たないデューキには、さっぱりだった。


「もしや、公爵様……魔女が最も嫌うであろう行為に、お心当たりがないのではありませんか?」

「……お恥ずかしながら、その通りです」


 正直、魔女の怒りのきっかけなど、予想もつかない。

 なぜ自分が選ばれ、なぜ呪いをかけられ、そしてなぜ今もそのまま放置されているのか。今でもなにひとつ、理由は分かっていなかったのだから。


「なるほど……。でしたら、なおさら試してみる価値はあるかもしれません」

「それは、いったい……?」


 結局、どうやっておびき出すというのか。その方法が分からない以上、選択肢として有効かどうかすらも判断できないのだ。

 だが、困惑しているデューキをよそに。聖女はにっこりと、それはそれは今日一番の素敵な笑顔を、こちらに向けて。


「公爵様、夜会に参加いたしましょう。わたくしをパートナーとしてエスコートしながら」


 そんな風に、告げてきたのだ。


「…………はい?」


 つい先日、夜会には参加するなと叱責を受けたような気がするのだが。本当に同じ人物が発した言葉なのだろうか?

 などとデューキが思っている間にも、聖女の説明は続く。


「そもそもその呪いは、女性が公爵様に触れることで発動するのですから。つまり魔女にとって、それが最も許せないことなのです」

「それで、夜会に参加、ですか?」

「わたくしならば、公爵様に触れることができますから。その状態でダンスのひとつでも踊ってみせれば、きっと魔女は邪魔せずにはいられないはずです」


 自信満々に口にする聖女は、その考え方が間違っているとは、つゆほども思っていないようだった。


「それが、一番の」

「お勧めです」


 少々食い気味に言われたが、それで本当に魔女をおびき出すことができるのかどうかは、正直半信半疑だった。

 しかも問題は、そこだけではない。


「仮に、おびき出せたとしても、ですよ? そのあとは、いったいどうやって魔女の力を削ぐのですか?」


 いくら聖の力の持ち主とはいえ、聖女はあくまでも生身の人間で。魔女は、人間の枠からは外れた存在。一歩間違えれば、命の危険だってあるのだ。

 しかも夜会ともなれば、大勢の人間が参加することになる。そんな場所へ、魔女をおびき出そうなどと。はたしてそんなことが、許されるのだろうか。


「方法に関しては、残念ながらお教えすることができないのです」

「そう、なのですか?」

「えぇ。困ったことに、この会話すら魔女に聞かれている可能性がありますので」

「なっ!?」


 いきなりの衝撃発言に、開いた口が塞がらなくなってしまうデューキではあるが。それは、この部屋の中にいる誰もが同じことだった。唯一、聖女だけを除いて。

 言葉を失う男たちに構わず、聖女はさらに言葉を続ける。


「おそらく公爵様の呪いには、そういったたぐいの魔術も仕込まれているのだと思うのです。そうでもなければ、前回の魔女の出現時期は相手にとって、都合がよすぎるとは思いませんか?」

「……確かに、そうですね」


 聖女が巡礼に行くという情報は、基本的には極秘中の極秘。噂ですら出回ってなどいなかったはずなのに、なぜか正確にその時期を狙って、魔女は侵入してきた。

 つまり今回だけでなく、前回もこの会話が筒抜けになってしまっていたせいで。秘匿とされていたはずの巡礼の期間について、全て知られていたということなのだろう。


「教会でも議論を交わした末の、最終的な結論になります。もちろん公爵様には、一切のとがはなく。悪いのは全て魔女であるという結論にも、変わりはありません」

「そう、かもしれませんが……」


 とはいえ、そうなるとだ。今までの全ての会話、しかも聖女や国王という重要な人物とのやり取りまで、知られていたとなると。これは、かなりの大問題ではなかろうか。


(兄上にはこの件について、手紙でご報告しておくべきか)


 下手に色々と自分が動いては、情報を与えるだけになってしまう。そのことに気づいて、すぐさま今回の報告方法を変えることにした。

 それで少しでも、魔女に情報が漏れることを防げるのであれば。きっとそれが、一番いい。


「あまり難しく考えずに、まずは一度試してみませんか?」

「魔女をおびき出せるかどうかを、ですか?」

「はい。もちろん魔女自身が、わたくしの持つ神の力を恐れて近づくことができないということであれば、それはそれで構いませんから」


 その言い方は、どう考えても挑発しているようにしか聞こえなかったが。


(……わざと、あおっているのか)


 もしも本当に、魔女がこの会話を聞いていたとするならば。聖女に力では敵わないと、認めたようなものだから。

 ただ、そうなってくると。


(この場合、選択肢はひとつか)


 もはや他の選択肢を選ぶ余地もなく、計画が進められているような気がするのは。きっと、気のせいなんかではない。

 それに他の選択肢を選んだところで、結局今とはなにも変わらないのだから。それでは、意味がないのだ。


「そういえば……。ひとつ、お聞きしてもよろしいですか?」

「はい、なんでしょうか」


 先ほどの作戦で、気になったことがある。

 幼い頃から聖女として、教会で育ってきた人物が。はたして所有しているのかどうか、気になってしまったのは。ある意味、デューキが生粋きっすい貴人きじんだから、なのだろう。


「夜会に出席するためのドレスは、お持ちでしょうか?」


 だが、その言葉に返ってきた答えは。


「もちろんです。当然ダンスも、しっかりと習っております」


 どうやら杞憂だったらしいと、胸をなでおろしたのと同時に。なぜ聖女が? という、新たな疑問が湧いてきてしまうようなものだった。





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