第33話 今後の治療方針

「先日は、大変失礼いたしました」


 目の前で、殊勝しゅしょうな様子で頭を下げる聖女だが。デューキはまだ、完全には信じ切れずにいた。

 手紙のやり取りを経て、前回のような無理強いはしないと言質げんちは取れたので、今日の治療も継続ということにはなったのだが。


「解呪を焦るあまり、公爵様のお気持ちをないがしろにしてしまっていたと、あのあと大変反省いたしました。もちろん今後、そのようなことは一切いたしません」


 どうやら、なにが問題だったのかは、一応理解してくれているらしい。

 護衛たちやサヴィターの裏切り行為については、あの日のうちに謝罪があったが。今回は念のため、扉は全開にしている。

 デューキにとって、あれはかなり心にくるものがあったのだ。それはまるで、長年の信頼を失うのはほんの一瞬で簡単なことだと、態度で示しているようなものだった。


「ですのでどうか、浅慮せんりょだったわたくしを、お許しいただけませんでしょうか?」


 神に祈るように胸の前で手を組み、淡いアメシスト色の瞳でこちらを見上げてくる聖女。その様子を、デューキは顎ヒゲを撫でながら、そっと見下ろす。

 そもそも、彼女は自分のために必死になってくれていただけで。だいぶ過激ではあったが、今までだって手を尽くしてくれていた。


(他の者たちについては、さておくとしても)


 聖女だけは最初から一貫して、解呪のためだけに動いてくれている。それはひとえに、こちらがそういった要望を出していたからだ。

 であれば、今回のことは不問にしてもいいのではないか。一度きりの失敗で、それまでの功績がなかったことになるわけでもないのだから。

 そう結論づけて、デューキは顎ヒゲを撫でていた手を下ろし、代わりに胸の上へ添えると。


「謝罪を、受け入れます。私のほうこそ逃げ出してしまい、申し訳ありませんでした」


 そう、言葉にした。

 そもそも、十以上も歳の離れた女性を前にして、いい歳した大人が本気で逃げ出すなど、紳士のやるべきことではなかったと。デューキも反省していたのだ。

 とはいえ、逃げだした直接の理由は聖女ではなく、部屋の片隅に控える男たちのせいではあるのだが。


「いいえ。公爵様が謝罪を口にされる必要など、どこにもございません。全てはわたくしの、至らなさゆえ」

「まさか! 至らないなどということはありません!」

「ですが……」

「前回のことに関しては、私を思っての言動だったと、理解しておりますから。どうか、そのようなことはおっしゃらないでください」


 聖女の提案を受け入れられなかった自分も悪いのだと、デューキは理解していた。だが、どうしても。こればっかりは、変えられないのだ。

 だからこそ、お互い様ということで。今日からまた、新しく始めればいいのではないかと思っている。


「公爵様……。ありがとうございます」


 それをきっと、聖女も分かってくれたのだろう。ようやく肩の力が抜けて、顔もほころばせてくれた。ただし、頭は下げられてしまったが。

 だが、解決したのは前回のすれ違いについてのみで。今後の治療方針という一番の問題は、いまだ糸口すら見えていない。


「まずは、お掛けください。手紙でもお伝えしましたが、今日は今後について、色々とご相談させていただきたいのです」


 だからこそ。今日は治療以上に、今後の方針についての話し合いの場にしようと考えていたのだが。

 そう切り出した途端、腰を下ろした聖女は真っ直ぐに、淡いアメシスト色の瞳を向けてきて。真剣な表情で、こう口にしたのだ。


「そのことで、わたくしのほうからご提案があります」

「提案、ですか?」


 それはまるで、重大なことを告げるかのような口調で。

 問い返したデューキに、聖女はさらに言葉を続ける。


「現在、公爵様が取れる選択肢は、五つあるのですが」


 まずひとつ目は、解呪だけでなく呪いの発動も含めて、全てを諦めること。ただしこれは、いずれ魔女に連れて行かれてしまうか、最悪命を奪われてしまう可能性も否定はできない。

 それは本意ではないと、聖女は告げるのだが。その言葉には、デューキも深く頷いておいた。周りの護衛たちやサヴィターも、それは同じだった。


「ちなみにそれは、強化された結界があっても、という前提でしょうか?」

「はい。場合によっては、結界への直接攻撃もあり得ますから。そうでなくとも、他者の意識を乗っ取る術を、魔女は知っているようですので」


 確かに、あの夜会の日。抱き着いてきた令嬢は、多少意識は残っていたとはいえ、体は完全に魔女に乗っ取られ、操られていたそうだ。

 そう考えれば、今後もそういったことが起こる可能性は、ないとは言い切れない。しかも、次は誰が乗っ取られるのかすら、一切予測できないのだから。


「そこで、ふたつ目です」


 それは、これまで通りに治療を続ける代わりに、完全なる解呪は諦めるという方向。

 ある意味で、現実的ではあるのかもしれない。聖女にとって、負担にしかならないことを除けば。


「ですが、やはり魔女から公爵様を守り切るには、少々心もとないかと」

「では、次の方法は?」

「簡単です。お伝えしてきました通り、わたくしが呪いに直接触れて――」

「却下でお願いいたします」

「……ですよね」


 聖女も、その答えを分かり切っていたのだろう。苦笑いを隠そうともせず、少し肩を落としただけで。


「でしたら、次の方法ですが」

「はい」


 気を取り直して、すぐに話を進め始めた。

 とはいえ。


「わたくしが、公爵様と婚姻を――」

「そちらも却下で」

「……はい」


 こちらも、分かり切った返答だったのだろう。もはや、肩を落とす様子すら見られない。


「となると、最後の選択肢はいったい……?」

「わたくしとしては、一番お勧めしたい選択肢なのですが」


 疑問を口にしたデューキに、聖女はそう前置いてから。


「こちらから魔女をおびき出して、その力そのものを削いでしまうのです」


 最も衝撃的で、最も困難そうな方法を口にした。

 なぜか、とびきりの笑顔で。





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