第32話 残された秘策 ~国王視点~

「というわけなのですが、どうすればよろしいのでしょうか?」

「そう、だなぁ。う~ん」


 非公式の場で、ごく限られた人物だけに知られた密会での会話は。なぜか、本来の目的とは少し離れてしまっているようにも、感じられたのだが。あいにく、それを指摘するような人物は、この場には存在していなかった。

 それ以上に、受けた報告が衝撃的だったというのもあるだろうが。


「公爵様が自室に篭られてしまった以上、わたくしにはどうすることもできなかったのです」

「まぁ、そうだな。確かにそれはそうだろう」


 それ以前に、あのデューキが一目散に逃げだして自室に鍵をかけたというのが、にわかには信じがたいと思う国王なのだが。これに関しては、複数筋から報告が上がっているので。どうやら、それが真実らしい。


(とはいえ、だ)


 よくよく話を聞いてみると、どうやら聖女たちも随分と手荒な真似というか、荒療治あらりょうじに近いことをしていたようでもあるので。


(こればかりは、仕方がないのかもしれぬなぁ)


 ある意味、末の弟には同情すらしてしまう。

 確かに、信頼していて本来味方であるはずの、自分の護衛や使用人たちに裏切られたとなっては。逃げ出したくなってしまう気持ちも、分からないではないのだ。

 しかも。


(今までも決して許可しなかったことを、いくら治療のためとはいえ、いきなり強要されては、な)


 それを主導したのが聖女だというのだから、これまた驚きだ。

 もちろん、聖女たちの気持ちも分からなくはない。一向に進む気配のない治療方法にばかりこだわっているデューキに、我慢の限界を超えてしまったのだろう。

 そもそも初期の頃から、そうすればより早く解呪が見込めると言われていたにもかかわず。決してその方法だけは、取ろうとしなかった。


(だが、なぁ)


 おそらく女性が苦手というか、近づかれることに恐怖心すら覚えている可能性すらある以上、無理にとは言えない。

 もし、その方法で解呪できたとしても。それが尾を引いて、最終的に女性に対する苦手意識を拭えなかった場合を考えると、それまでの治療自体が無意味になってしまう可能性があるからだ。

 特に今回のような方法では、その苦手意識が強まってしまうかもしれない。それでは、困る。


(望むのは、解呪のその先なのだがな)


 解呪だけが目的になってしまっては、結局今と変わらないことになってしまう。

 そうではなくて。末の弟には、ちゃんと適切な相手と幸せになって、家庭を築いてほしいのだと。国王は、心から願っているのだ。

 となると。


(ここは、聖女にその可能性を伝えておくべきか)


 本来であれば、しっかりと本人に確認を取った上で、正確な情報を共有すべきなのだろうが。今回ばかりは、そうも言っていられない。

 デューキが最も隠したい本音である可能性も、あるにはあるが。それも今は、すみに置いておくことにして。


「実は、前々から思っていることがあってな」


 本人不在の上に、暴露になるかもしれない憶測を。念のためという理由で、聖女に話しておくことにしたのだった。


「思っていること、ですか?」

「『魔女の呪い』のせいで、あれが十年以上もの間、夜会などにも基本参加せず令嬢たちを避けていたことは、周知の事実だとは思うが」

「そうですね。わたくしでも知っているほど、有名ですから」


 そう。俗世ぞくせからある程度隔離されていたはずの聖女でさえ、知っている事実。

 それはつまり、逆を言えば。


「だからこそ、周りも気を遣って近づこうとはしなかった。それはある意味で、ありがたくもあったがな」

「呪いが発動しない状況は、大変好ましいものだったと思うのですが」

「その部分は、な。だがその分、女という存在そのものが、呪いと結びついてしまっている可能性も捨てきれないとは思わぬか?」

「っ……!」


 そこでようやく聖女は、なにを言わんとしているのか気づいたらしい。淡いアメシスト色の瞳が、零れ落ちそうなほどに見開かれる。

 だが、もし。本当にそこを、デューキ自身が無意識下で同列視していたとすれば。


「それは……難しい問題ですね」

「だろう?」


 女性そのものへ、呪いと同じような危機感や恐怖心を抱いてしまっているとすれば。確かに直接、しかも魔女に呪いを施された場所に触らせるなど、なかなかに難しいかもしれない。

 こればっかりは、いくら頭で理解していても、理性で押さえつけようとしても、本能的な拒絶に近いのだから。改善するのは、容易なことではないだろう。


「でしたら、あまり強引すぎるのは、かえって悪手あくしゅですね」


 それこそ、無理やり捕まえて脱がせて治療するなどというのは、悪手中の悪手。初手から、ある意味最もしてはいけない行為だったのだろう。

 聖女たちは揃いも揃って、完全に選択肢を間違えていたと言わざるを得ないが。とはいえ途中で諦めたのであれば、まだ挽回ばんかいする機会はあるはずだ。


「だが、治療法が二択しか存在していないのであれば、これ以上打つ手がないのも事実だな」


 無理強いをするわけにはいかないし、心情としても、できればしたくない。かと言って、今のままというわけにもいかないだろう。

 これ以上の策が思い浮かばなくて、ため息をついてしまう国王だったが。


「でしたら、こういった方法はどうでしょうか?」


 どうやら聖女には、まだ残された秘策があったらしい。


「かなり大掛かりにはなってしまいますし、陛下にもご協力いただかないといけなくなってしまいますが……」

「それは大いに構わん! あれの呪いをどうにかできるのであれば、協力を惜しむつもりはないぞ!」


 そう告げた言葉に、聖女はまるで慈愛に満ちたような表情で笑って。


「選択肢を提示して、公爵様ご自身に選んでいただきましょう。そもそもの、根本的な解決法を」


 けれど、そのあとに彼女が口にした言葉は。どう好意的にとっても、恐ろしい策士さくしのそれでしかなかった。





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