第30話 聖女からの宣言
「今、なんとおっしゃいました?」
予定していた今日の分の治療を終えて、また少しずつ改善に向けて頑張ろうと考えていたデューキは。聖女から告げられた言葉に、衝撃を受けて。思わず、そう問い返してしまっていた。
「ですから、今後も魔女からの接触がある可能性は、十分に考えられます。今回のようなことも、また起こり得るかもしれないのです」
「それは、はい。理解はできるのですが……」
聞きたいのは、そこではなく。
直前まで考えていたことの全てを忘れてしまうような、衝撃的な言葉が。聖女の口から、飛び出してきたような気がしたのだ。
「そういったことを踏まえて、公爵様を確実にお守りするためにも、承諾していただきたいのですが」
「いえ、ですが、その……」
「公爵様。わたくしと、婚姻を結んでくださいませ」
いやいや、おかしいだろう! と
そんな風に考えてしまうくらいには、デューキにとってその言葉は衝撃が強すぎた。
そもそも、なんだそれはと。女性に守ってもらうという点は、相手が魔女である手前、この際仕方がないとしても、だ。聖女からの宣言が、まさかの婚姻とは。
「……いえ、その。まず大前提として、婚姻というのは双方の同意があるか、もしくは利害が一致しているからこそ、成立するのであって」
「ですので、公爵様の同意をいただきたいのです」
「いえ、そうではなく」
どうしてだろうか。今まで、意思の疎通がある程度はできていたはずの相手に、急に言葉が通じなくなったような気がするのは。
というか、そもそもこちらの意見を全く聞いていないような気がするのは、気のせいだろうか。
そんなことを真剣に考えてしまうくらいには、いきなりの状態にデューキはついていけていない。
「公爵様。その呪いの解呪には、これまで以上に時間がかかります」
「あー……はい」
そうだろうとは覚悟していたが、ここまで直接的に言われると、さすがに心にくるものがある。
こればっかりはどうしようもないので、仕方がないことと早々に諦めて、じっくりと腰を据えて長期戦に挑む覚悟ではいたのだが。
それと婚姻が、なんの関係が? とデューキが思ってしまったのは、ここまでの流れを考えれば自然なことではあったのだろう。
「ですが陛下が懸念されていた通り、このままでは公爵様の婚姻の時期もかなり遅くなってしまうことでしょう」
「……ご存じ、だったのですね」
まさかそんなことまで、二人でやり取りをしていたとは。いったいなにを考えて、聖女にそんなことを話していたのだと、思わないわけでもないが。
今はとりあえず、それは
「その分わたくしであれば、問題なく公爵様に触れることができます。それは公爵様だけではなく、ここにいる皆様や陛下もご存じの通りです」
「まぁ、そう、ですね」
とはいえ、そこからいきなり婚姻に飛ぶのは、どう考えてもおかしい。
そうは思うのだが、聖女が
「そしてなにより、たとえ一度解呪が叶ったとしても。いつまた魔女が現れて、公爵様に呪いを施そうとするのか分かりません」
「……つまり?」
「そんなことになっても、わたくしがお側にいれば、必ず公爵様をお守りすることができます。ですからどうか、わたくしに守らせていただけませんか?」
「……」
色々な意味で衝撃が強すぎて、すぐに言葉が見つからないデューキは。目を見開いたまま、その淡いアメシスト色の瞳を見つめる。
そこに嘘は見当たらない。当然だ。こんなことを口にする人間が、嘘をつくはずがない。
だからこそ、その真剣さに。全てが真実であるのだと、現実を突きつけられる。
(女性に、守らせてほしいと言われる日がくるなど……)
そんなこと、思ってもみなかったし。なによりもそんな宣言を、まさか存在自体が奇跡だと言われている聖女からされるなど、考えたこともなかった。
確かに、たとえ解呪ができたとしても。またいつ何時、あの日のように突然魔女が現れるのかは、誰にも予測できない。
だが同時に、デューキは思うのだ。はたしてそれは本当に、婚姻の必要があるのかと。
「突然のことに混乱していらっしゃるのは、もちろん理解しています。ですが、今回の呪いはあまりにも強力すぎて、今までと同じ方法では、あとどれだけの時間を費やすことになるのか……」
そっと伏せられた瞳に、憂いにも似たなにかを見つけて。改めて、あの日の油断を悔やむが。
今はそれどころではないのだ。
「今までですら、解呪できていない状態である以上、定期的に聖なる力を注ぎ続ける必要があったのです」
「……え?」
そんなことは初耳だった。
ということは、今までの治療の間隔は、それに
「ですが、それでようやく解呪へと近づけるというものでした。それが、今の状態は……」
「……今の状態、は? いったい、どうなっているというのですか?」
伏せられていた淡いアメシスト色の瞳が、こちらを見上げてきて。それなのに、真っ直ぐ見つめていられなかったのか、ふいと視線がそらされる。
聖女のその行動に、デューキは少なからず不安を覚えるが。ターコイズブルーの瞳を、その顔に向け続ければ。まるで、あまりよくないことを口にすることを
「その、あまり……いえ。かなり、よろしくない状態ですので。今の方法のまま、治療を続けるのであれば。聖なる力を、毎日注がなければ、その……。おそらく、解呪は一生困難、かと……」
聖女が扱う聖なる力は、神の力だ。強大すぎるその力の、本当にわずかな部分を借りているのにすぎない。
だが、だからこそ。聖女という存在は、その力に絶対の自信を持ち、信頼を置いている。
それなのに。目の前にいる聖女は今、毎日続けなければ解呪は困難だと、口にした。
(……いや。困難という言葉は、ただ柔らかく伝えられただけだろう)
おそらく本当の意味合いで言うのであれば、言葉としては困難ではなく、不可能。
つまり。
「……生涯、呪いを抱えたまま、ということですか?」
「あ、あくまで、今のままではということです……! ですから、わたくしが公爵様と婚姻を交わし、一日でも早い解呪を目指しましょうというお話なのです……!」
必死な聖女の姿に、それが真実なのだと、否が応でも認識させられてしまう。
だが、それならば。
「……なおさら、婚姻のお話はお受けできません」
「な、なぜですか!? 公爵様にとって、悪いお話ではないはずです!」
それでもデューキは、首を横に振る。
そもそも呪いを受けたのは、自分であって。ならば、それに対する不幸や理不尽を背負うのも、自分だけでいいはずだ。
だからこそ。
「私の呪いのために、まだ若い女性の人生を変えてしまうのは、本意ではないのです。どうか、理解していただけませんか?」
「っ……!」
それは、相手を思い慈しむようでありながら。同時に、明確な拒絶でもあった。
そしてきっと、聖女は気づいたことだろう。そのターコイズブルーの瞳の奥に、強い決意を宿していたことに。
だがどうやら、彼女も引く気はないようで。
「……わたくしも、性急すぎました。次回もう一度、新たな呪いをしっかりと調べさせていただいてから、改めてお話しさせていただきます」
交わるのは、ターコイズブルーと淡いアメシストの視線。
そのどちらもが、同じだけの強さを放っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます