第29話 末の弟 ~国王視点~

 聖女が退室した部屋で、一人。ソファーに腰かけて、深くため息をつく。


「まさか、聖女からそんな提案をされるとはな」


 エテルネル王国の国王が代替わりしてから、随分と経つが。その中でも今回のデューキの件に関しては、一番の失敗だと自覚していた。

 父親譲りのシャンパンゴールドの髪は、溺愛してきた末の弟と同じ色だと知った時に、さらに好きになった。そして今は、自分の息子がこの色を継いでいる。

 そう、彼にはすでに後継者が存在しているのだ。それも二人も。

 息子たちは大変優秀で、今は成人して、各々様々な仕事を任せられるほどに成長してくれた。


「だからこそ、一番の憂いはデューキに関することだけだったのだが、な」


 母親譲りのサファイアブルーの瞳が、ついと窓の外へと向けられる。タイミングよく、白い鳥が青い空を羽ばたいていって。やがて地平線の彼方へと、消えていった。

 その自由さは、人にはない。だが代わりに、野生生物とは違って多くのものに守られている、はずだった。


「なぜこうも、力ある存在にばかり好かれてしまうのだろうな、あれは」


 自分もその中の一人であると、ある意味自覚をしている国王は。腹違いとはいえ、歳が離れすぎているために溺愛していた、末の弟の今後を考えて。ある意味、今まで以上に壮絶なものになるのだろうと、自分の予想する未来に頭痛を覚える。

 本当は、頭を抱えてしまいたいくらいなのだが。そんなことをしていても、なにひとつ解決はしないのだから、仕方がない。


「聖女と王弟の婚姻、か」


 いきなり取引などと、聖女らしからぬ言葉を口にしたかと思えば。要求してきたのは、デューキ・ブッセアー公爵との婚姻。

 聖女の婚姻だ。もちろん、そこには様々な思惑が絡んでくるのだが。


「しかし、魅力的な内容では、ある」


 そもそも聖女とは、神に選ばれし、神に仕える存在のことだ。そこに未婚既婚の差はない。もっと言えば、恋愛の規制もなければ相手を選ぶ自由すら、権利として与えられているのだ。

 それはひとえに、なにがなんでも聖女という存在を手放したくない、教会側の思惑があってのことなのだが。聖女という存在にその権利が与えられてから、おかげでこれまで聖女が逃げ出したり駆け落ちしたりという話は、どこの国でも聞いたことがない。

 実は、聖女に自由恋愛という権利が与えられる以前には、歴史には残っていないが事実としてそういったことがあったのだということは、伏されているのだが。その真実は、教会の上層部と各国の王だけに、重要機密として秘密裏に知らされている。

 だが、だからこそ。


「叶えてしかるべき、か」


 二度と、聖女の逃亡などという汚点を残さないために。

 そういった意味でも、もちろんのことだが。国王にとってそれ以上に魅力的なのは、常に聖女が側にいることによって、デューキの守りが堅くなるということだ。

 人ならざる、魔女という存在が持つ魔の力に、唯一対抗できるのは。他でもない、聖なる力だけなのだから。

 その力を神から授けられた聖女が、デューキを望んでくれているのであれば。これ以上のことはない。


「問題は、あれがそれを受け入れるかどうか、だな」


 聖女やデューキの報告を受けていて、どうしてもひとつ気になっていたことがある。それは、これまでかなりの期間治療を受けてきたにもかかわらず、デューキが決して、聖女に呪いを直接触れさせてこなかったということだ。

 聖女からの手紙によると、呪いの根源に直接触れることができれば、今よりも早く解呪へと向かうことができるとのことだったが。それを伝えてもなお、触れるどころか目にすることさえ許されなかったのだとか。

 そしてデューキから言わせれば、うら若き乙女に壮年の半裸など、見せられるわけがないと。しかも呪いつきとなれば、なおさらなのだそうだ。


「その呪いを解くため、治療のために、聖女はブッセアー公爵邸に通ってくれているというのにな」


 本末転倒ではないのかと、思わないわけではないのだが。本人の意思が思っている以上に固すぎて、どうにもならないのだとか。

 それを聞いて、もしやと思っていることは、あるにはあるのだが。こればっかりは、本人に直接聞くのもはばかられて、いまだに解決できずにいるのだが。


「女嫌い、というほどではないと、思ってはいるのだが……」


 十年以上、女性との関りを持たずに生きてきたせいで。若干、苦手になりかけているのではないかと。思わないわけでは、ないのだ。

 しかも呪いの発動条件が、女性との接触なのだから。なおさら、女性に対する警戒心は、強くなる一方だろう。

 ただでさえ、王子だったり王弟だったり公爵だったりと、貴族令嬢が好きそうな肩書ばかり持ち合わせていたというのに。


「そう考えれば、今の状態でも唯一触れることができる聖女が名乗りを上げてくれたのは、僥倖ぎょうこうなのかもしれぬな」


 彼女がいつから、デューキに想いを寄せていたのか。それは分からないが。


「魔女に奪われるくらいなら、いっそ」


 そのほうがずっと、安心できる。そして今後も、必ず守ってくれるだろうという信頼も、ある。

 魔女と聖女という、とてつもない存在たちに狙われている、末の弟の身を心配するのと同時に。あわれにも、思うが。魔女とえんづきつがうよりは、ずっとマシだろう。


「問題は、あれがそれを受け入れるかどうか、か」


 呪いを解くためではなく、聖女が心から想う相手なのだと、説得できればいいのだが。おそらくは、そう簡単なことではない。

 歳が離れているということも、懸念事項のひとつではある。話の端々に、どうやらそこが問題なのではと思うことがあるのだ。

 とはいえ王侯貴族の婚姻とは、得てして政略的なものである。最終的にはそう説き伏せてしまえば、なんとかならないだろうか。


「……少し、難しいかもしれぬな」


 頑固なところもある末の弟は、同時に物をよく知っている。聖女が自由に相手を選ぶことができるということも、当然すでに知識として持っているはずだ。

 となれば。それを盾に、聖女との政略結婚など問題外だと言い出す可能性が、かなり高いと考えておいてもいいだろう。


「さて、どう説得したものか」


 神に誓って、治療に関して嘘は言っていないと、聖女はそう口にしていた。ということは、解呪に時間がかかるというのも本当だろう。

 しかも、呪いがさらに強力になってしまったという今ならば。それまでにかかる時間も、以前よりさらに長くなっているはずだ。

 であれば、もういっそ。このままでも婚約も婚姻も問題ない聖女に、望みを託すのが一番だと結論づけたのだが。

 それがはたして、デューキにとって幸せなのかどうかは。今はまだ、誰にも分からない。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る