第28話 取引 ~聖女視点~

「いったい、どういうおつもりだったのですか?」

「いや、その……」


 目の前には、若干目が泳ぎ気味の国王。

 公爵の治療を一旦終えて、一度教会に戻り体を休めている間に、国王への面会を申し込んでもらっておいた。

 それが思いのほか早く叶ったので、現在この状況ということなのだが。


 謁見ではなく、面会。つまりは非公開の状態で、今回の巡礼に関する報告を行いたかったということ。

 同時に、公爵のことについても話がしたいと、しっかりと伝えてもらった。

 今回の巡礼は結界の強化に関係している以上、秘匿すべきことが多すぎて。謁見という形では、不可能だったのもあるが。予想よりも早くこの場が用意されたのは、結界について以上に、公爵の件についてと付け加えたのが功を奏したのではないかと、サーンは個人的に思っていた。


「公爵様から、報告は受けていらっしゃったはずですよね?」

「それは、そうなんだが……」

「でしたら。まだ解呪が完了していないこともご存じのはずですし、そのような不安定な状態で夜会への参加など、本来であればお止めする立場ではないのですか?」

「う、うむ……」


 歯切れが悪いのは、負い目を感じているからだろう。

 とはいえ、それは事実でしかないので。サーンは手加減する気は、さらさらないのだが。


「にもかかわらず、参加を誰よりも勧めるなど。わたくしの到着が遅れていたら、公爵様は命を落とされていたかもしれないのですよ?」

「そこは、その……。大いに、反省している……」


 実際、公爵の元にも謝罪の手紙を出したのだとか。念のためにと連絡を取り合っている、ブッセアー公爵家の使用人の手紙に書かれていたけれど。

 本人に謝罪をしたから、許せるのかどうかと問われれば。それはまた別の話だと、サーンはハッキリと答えるだろう。


「そもそも、どうしてこのような時期に、夜会など開かれたのですか」


 巡礼期間中は危険だと、国王にも知らせていたにもかかわらず。なぜか開催されてしまった夜会のせいで、公爵は倒れたのだ。

 しかも、ただ倒れただけでは終わらず。結局、魔女の侵入を防ぎきれなかったこの国は、彼にさらなる厄災やくさいをもたらした。しかも、より強力な呪いを施されるという、最悪の形で。

 天候を操れるほど、しっかりと入り込んでいたことを考えると。もしかしたら国王の意識すら、多少は操られていた可能性もある。

 だからこそ、それを明らかにするために。そんな風に、問いかけてみたのだが。


「その、だな……。あれももう、だいぶいい年齢になっているのでな。せめて候補だけでも絞れればと、前々から考えてはいたのだ」

「候補?」


 その言葉に、嫌な予感を覚えて。

 こういう時の悪いほうの勘ほど、よく当たる。サーンにとって、もはやそれは当然のことだったからこそ。つい、国王に向ける視線が鋭いものになってしまったのだが。

 目が泳ぎっぱなしの国王は、それに気づくことなく話を続ける。


「今すぐとは言わないが、せめて婚約者の候補ぐらいは、今のうちに絞り込んでおきたいのだ」

「っ……」


 やはり、と思ってしまったサーンは、同時に好機だとも考えた。

 国王は、公爵のお相手となれる女性の候補が欲しい。そしてサーンは、公爵を手に入れたい。ある意味、二人の思惑は合致している。


「魔女に呪いをかけられたせいで、成人してすぐに女性に触れることができなくなり、それ以来相手を選ぼうという意識すら失ってしまったのだぞ?」


 そう。彼は王子であった頃から、今と同じ状況だったのだ。

 公爵の結婚が、どれだけ悲願なのかを語る国王の言葉を、完全に聞き流しながら。サーンはふと、公爵と初めて出会った時のことを思い出す。

 実は、正式に聖女となる前。公爵が倒れた夜会の、あの日よりも前に、二人は一度言葉を交わしている。

 あの頃はまだ、未来の聖女として教会に連れてこられたばかりで、日が浅く。決められた日にしか両親に会うことも許されず、寂しい思いをしていた。


(今でも、覚えています)


 前日から降り続いていた雨が、ようやく止む気配を見せていた昼過ぎ。どこか慌ただしい気配を感じながら、廊下を歩いていたサーンの前に現れたのは。護衛と付き人を引き連れた、デューキ王子だった。

 そう、王子。あの頃はまだ、彼は王子だったのだ。先代の国王が健在だった、もう十年以上も前の話なのだから。

 とはいえ、初めて見た人物を王子だと、サーンは最初気づけなかった。ただ、その時に案内をしていた教会の偉い人たちよりも、さらに偉い人なのかな、くらいの感覚で。


(私が聖女候補であることも、まだ数少ない人物のみが知っているような状況でしたから)


 きっと、目の前にいる少女が未来の聖女なのだとは、思いもしていなかったに違いない。だからこそ、公爵はその出会いを覚えていない可能性が高いのだが。

 それでも。


(なにか不便や気がかりなことがあれば、遠慮なく教えてくださいね、と)


 今と同じ、とても丁寧な口調で。まだ子供でしかないサーンに、話しかけてくれたのだ。とても素敵な笑顔まで、向けてくれて。

 それまで教会での日々は、覚えることが多すぎて自由な時間がない上に、大人たちもそれを当然と考えている節があるのか、気遣われることが少なかった。

 それなのに、この時初めて会ったはずの、大人の男性が。唯一、優しい声と笑顔で、そんな風に話しかけてくれて。


(それが、わたくしにとってどれほど嬉しく、救いだったのか)


 きっと公爵だけではなく、その場にいた誰一人、分からなかっただろう。

 だが、彼が去っていく後ろ姿を目で追いながら。その向こう側の晴れ渡った空にかかる、鮮やかな虹を目にした瞬間。これは神から与えられた運命なのだと、直観的に感じ取っていた。

 そして、彼のことを色々と調べていく内に。王子であることや、魔女に呪いをかけられてしまっていることなどを知り。正式に聖女となった暁には、必ずその呪いを解いてみせると誓ったのだ。

 だから、こそ。


「そう思うのは、当然ではないか。それなのに――」

「陛下」

「……うん?」


 この絶好の機会を、のがすわけにはいかない。


「でしたら、わたくしと取引いたしませんか?」

「取引、だと?」

「えぇ」


 国王の願いも、自分の願いも叶えられる。そんないい方法があるのだとすれば、きっと喜んで飛びついてくるだろう。

 聖女らしからぬ打算的な考えのもと、サーンはその可憐な唇を開くのだった。





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