第27話 聖女からの叱責

「いったい、どういうおつもりですか!?」


 目覚めてから、胸元の『黒薔薇』が変化していることに気づいて。あれは決して夢ではなかったのだと、ある意味で絶望的な気持ちに陥っていたデューキは。

 今、なぜか。同じく目覚めた聖女に、ものすごい勢いで問い詰められていた。


「わたくしが、あれほど気をつけてくださいとお伝えしたのに! なぜ夜会になど参加されたのですか!」

「いえ、その……」


 確かに、それが今回の原因でもある。なんとしてでも不参加を貫いておけば、まだ防げたかもしれなかったのに。

 と、過ぎてしまった今ならば思うのだが。

 あの時は、女性陣に対して決して自分に触れないようにと、国王名義で通達がなされるという前提だったのと、聖女も戻ってきている予定だったのもあり、つい油断してしまった。

 まさに、一つの油断が命取り。それを今回の件で、文字通り痛感したデューキだった。

 が、それはそれ。これはこれ。


「ひとつ間違っていたら、今頃命を落とされていたのかもしれないのですよ!? そんな危険を冒してまで、参加する必要があったのですか!?」

「……ない、ですね」

「でしたら今後は、わたくしが許可するまで、決して夜会には参加しないでくださいませ!!」

「はい……」


 今までにない勢いで、聖女からの叱責を受けていると。本当に心配をかけたのだと、申し訳なくなってくる。

 しかも、目覚めてから色々と話を聞いてみたら。どうやら巡礼からの帰路きろを変更してまで、急いで駆けつけてくれたというではないか。

 もうなんだか、ありがたいんだか申し訳ないんだか分からなくなって、自分が情けなくなってしまったデューキだったのだが。


「しかもそんなっ……! より強力な呪いを受けることになるなど、本当にっ……!」


 聖女のその言葉に、さらに気分が沈んでいく。

 薄々、気づいてはいたのだ。薔薇の数が増えたことで、そうではないかと予想してはいたのだが。


(いざ、聖女からそうはっきりと宣言されると……)


 せっかく順調だったというのに、また解呪が遠のいてしまったのだと、ただ落ち込んでしまう。兄上だって喜んでくださっていたのに、と。

 だがデューキは、自分の失態にばかり目を向けていたせいで。その兄自身に、今回の責任の一端があるのだということに、まだ気がついていない。

 そもそも最初は、夜会にはまだしばらく不参加のつもりでいたのだ。それを覆す要因になったのは、他でもない国王の言葉だったのだから。

 ただの兄としてではなく、国王としての公務の一環だったからこそ、断りづらかったのだということを。今は完全に、忘れてしまっていた。


「わたくしたちの歩みを止めて邪魔をしていたのも、魔女の仕業だったのです」

「……え? まさか、あの嵐がですか?」


 ただただ落ちていく気持ちのまま、下を向くことしかできなかったデューキだが。聖女の言葉に驚いて、思わず顔を上げる。

 聖女の巡礼の予定が崩れていたのは、天候のせいだったはずだ。現にあの魔女が現れた日も、外はものすごい嵐だった。

 それが、自然現象ではなく。魔女が人為的に引き起こしたものだったのだとすれば。


(私は、いったい……)


 どれほどの力を秘めた存在に、抗おうとしているのかと。ここへきて、その恐ろしさがさらに増してしまった。


「どういった方法でエテルネル王国に侵入したのかは、定かではありませんが。結界の中に気配がないことを考えると、少なくとも魔女本人が国内にいるわけではないようです」

「っ……」


 そう、聖女に説明されながら。魔女がどうやって侵入してきたかを語っていたことを、不意に思い出してしまう。

 あの時、魔女は決して誰にも教えるなと、脅しをかけてきた。教えようとすれば、苦痛がともなうのだと。


(喉を焼かれるような、あの痛みが、きっと)


 言葉にしようとした瞬間に、襲ってくるのだろう。

 そう考えて、無意識のうちに喉に手を伸ばしていた。そっと触れて、異変がないことを確かめる。

 そんなデューキの様子に、聖女が気がつかないはずがなく。白い手が伸ばされて、細い指先が手の甲に触れた。


「っ!」

「痛みますか?」


 どうやら、心配してくれたらしい。

 考えてみたら、割と結構な声量で叫びながら、もだえ苦しんでいたような気がする。となれば、喉にかなり負荷がかかっていたとしても、おかしくはないのだが。

 聖女の癒しの力で、それすらなかったことになっているのか。それとも、あれは幻だったのか。

 いずれにせよ、今は痛みも違和感も、一切そこにはなかった。


「いいえ。ただ、その……」

「魔女に、なにかされたのですか?」


 されたと言えば、された。

 ただ、それがいったいなんだったのか。なにを意味していたのかすら、よく分かっていないのだ。

 呪いがより強力になったということ以外は、本当になにひとつ理解していないので。


「なにかは、されていたのだと思いますが……」


 そんな風に、曖昧あいまいに頷きつつ言葉を濁すことしか、デューキにはできない。

 とはいえ、聖女もそれは想定の範囲内だったのだろう。


「分からないままで、構いません。あの夜、いったいなにがあったのか。公爵様が見聞きして経験された、その全てをお話しいただけませんか?」


 どうやらそこから、今後の治療の方針を考えていきたいとのことだった。

 そう言われてしまえば、デューキには断る理由はない。若干じゃっかん、魔女への恐怖感が上回りかけてはいたが。

 それでもやはり、呪いを受けている状態は普通ではないのだと思い直し、できる限りの範囲で言葉にすることを決意する。


 だが、結局。魔女に聞かされた、国内へと侵入してきた種明かしだけは。決して、口にはしなかった。

 それは、痛みを思い出したからではなく。下手に魔女を刺激しすぎて、大切なものを奪われたくなかったからなのだが。

 はたしてそれが、正解だったのかどうかは。神のみぞ、知ることである。





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